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BC8世紀頃からアテナイやスパルタなどの都市国家ポリスが成立し始め、BC6世紀頃には市民による合議制で政治を行う民主主義が確立された。これが現代の民主主義のルーツであり、古代ギリシャ語の「デモス」(人民)と「クラティア」(権力、支配)を合わせた「デモクラティア」が「デモクラシー」(民主主義)の語源である。古代ギリシャ人は、古代ローマの領域である地中海各地に植民都市を広げ、富を蓄えた。古代ローマ人は、これらのギリシャ人の多い地域をグラエキアと呼んだ。この「Graecia」が後に変形して英語で「Greece」、日本語で「ギリシャ」になった。ギリシャ人自身は自分たちを「ヘレネス」と呼び、現在も公式国名はHellenic Repubic。民主政治において弁論術を身に付け、外国との交流で教養を身に付け、古代ギリシャは世界最高の知的水準を持つ文明へと発展した。・ホメロス(BC8世紀) 西洋文学最初期の作品「イリアス」と「オデュッセイア」でギリシャ神話や史実を記録・ピタゴラス(BC582~BC496) 三平方の定理、無理数(√2)の発見、音律(現在でいうドレミファソラシド)の考案・タレス(BC624~BC546) タレスの定理、日食の予言、ピラミッドの高さの測定、「万物の根源は水である」・ヘラクレイトス(BC540~BC480) 万物流転、「同じ川に二度入ることはできない」・ヘロドトス(BC485~BC420) 歴史の父、「エジプトはナイルの賜物」・ソクラテス(BC469~BC399) 「無知の知」、「汝自身を知れ」・ゼノン(BC490~BC430) アキレスと亀のパラドクス・デモクリトス(BC460~BC370) 原子論・プラトン(BC427~BC347) イデア論・アリストテレス(BC384~BC322) 万学の祖 ・エウクレイデス(BC365~BC275) ユークリッド幾何学・アルキメデス(BC287~BC212) 浮力の原理、円周率の近似値、代数螺旋の定義
BC338年にギリシャはマケドニアに征服され、ポリスは自治性を失った。AD395年以降はギリシャは東ローマ帝国領に、1453年以降はオスマン帝国領になった。1829年独立。
古代ギリシャから東ローマ帝国時代の遺跡、エーゲ海の島々など、豊富な観光資源が重要な収入源となっている。EUのユーロ統合が始まると、PIGS(Portugal、Italy、Greece、Spain)と呼ばれる南欧の経済の弱さが問題になってきた。(近年、IはItalyではなくIreland。)2009年、ギリシャで政権交代が行われると、旧政権による巨額の財政赤字の隠蔽が発覚した。これを機に、2010年に国債が暴落してギリシャ経済は崩壊した。ユーロ、株価も下落し、EU全域、さらにアメリカ、日本にも飛び火するほどの世界的な危機に瀕した。そして、「次のギリシャ」といわれているのが、STUPID(Spain、Turkey、UK、Portugal、Ireland、Dubai)。ブタとかバカとか、なんとも侮蔑的だが、ヨーロッパ経済への不信感が伝わってくる。日本やアメリカも他人事ではないが。98%がギリシャ人。他にトルコ人、アルバニア人など。数百万人のギリシャ移民がアメリカ、オーストラリア、カナダ、イギリス、ドイツなど、各地にいる。公用語はギリシャ語。宗教はギリシャ正教会。現代に残る古代ギリシャ語・アカデミープラトンが創設した学校アカデメイアから。・アキレスホメロスの「イリアス」の主人公。俊足だったが、トロイア戦争でアキレス腱を射られて死んだ。・アトムデモクリトスは、物質のそれ以上分割できない最小の単位をアトム(原子)と呼んだ。・エウレカアルキメデスが浮力の原理を思いついた時に発した言葉。英語読みだとユリイカ。 ・エピキュリアン快楽主義を唱えたエピクロス派から。・エロスギリシャ神話で恋心と性愛を司る神。 ・オデッセイホメロスの「オデュッセイア」から。主人公オデュッセウスは英語読みだとユリシーズ。・オリンピック古代オリンピア競技が行われた地から。・オリンポスゼウスをはじめとするオリンポス十二神が住まう山。
・ガイアギリシャ神話の大地の女神。・カオスギリシャ神話の原初神。・コスモスピタゴラスによる宇宙観。宇宙は数によって秩序づけられ、調和がとれている。カオス(混沌)の反対。・ストイック禁欲主義を唱えたゼノンが創設したストア派から。・スパルタ都市国家スパルタでは、幼少の頃から徹底した軍事教育が行われていた。・ゼウスギリシャ神話の主神。・ソフィア智慧、叡智の意。・ナルシストギリシャ神話のナルキッソスから。池に映る自分の姿に恋した。・パラドクス論理的に矛盾が成立してしまう命題。・パンドラギリシャ神話で、ゼウスからパンドラに贈られた、決して開けてはいけない箱。・プラトニックプラトンのイデア論の曲解。プラトン自身はプラトニックではない。・プロメテウスギリシャ神話の神で、人類に火、数、文字などの知恵を伝え、ゼウスに罰せられた。 ・ヘラクレスギリシャ神話最大の英雄。ヒドラなどを退治した。・ポセイドンギリシャ神話の海神。・ロゴスヘラクレイトスは万物を流転させる原動力をロゴスと呼び、転じて「言葉」、「論理」、「理性」を意味するようになった。
BC753年、多部族からなる都市国家ローマが建国された。建国にたずさわったラテン人は、ローマ文明の基礎を築き、かれらの話すラテン語はローマ帝国の公用語として広く普及し、現在のヨーロッパ言語のルーツとなった。現在も、ローマ帝国の流れを受け継ぐイタリア、スペイン、ポルトガル、フランスなどはラテン系と呼ばれる。王政ローマ(BC753~BC510)、共和制ローマ(BC509~BC27)、帝政ローマ(BC27~AD330)を経て、地中海全域からヨーロッパ、中東までを支配する大帝国となった。395年に帝国は東西に分裂し、476年にはゲルマン人の侵入により西ローマ帝国が滅亡した。東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は、1453年にオスマン帝国に首都コンスタンチノープルを陥落されるまで存続した。
14~16世紀には、イタリアを中心にルネサンスが興った。カトリック教会の権威によって抑圧され続けていた中世文化に対し、ルネサンスはギリシャやローマの古典文化を復興させ、文学や美術で革命的な作品が次々と生み出された。また、中世には衰えていた科学精神も呼び醒まし、ガリレオらによる地動説が教会的世界観を揺るがした。ヨーロッパで火薬、羅針盤、活版印刷が発明されたのもルネサンスの時代。
中世のイタリアは外国勢力の後押しを受けて小国、公国、王国が乱立して統一性がなかったが、1796年、フランスからナポレオンがイタリアに侵攻し、統一した。1861年には、イタリア人によるイタリア王国が成立した。第1次世界大戦で戦勝国となった後、ムッソリーニ率いるファシスト党による一党独裁が始まった。ムッソリーニはローマ市内にバチカン市国の独立を認めてローマ教皇庁との対立を解消したり、エチオピア、ソマリアに侵攻して植民支配などをした。第2次世界大戦ではドイツ、日本とともに敗戦。50~60年代にはマーシャル・プランによって奇跡的な経済復興を成し遂げ、先進国に返り咲いた。現在はGDP世界7位の経済大国。イタリアは世界遺産の登録数がバチカン、サンマリノも含めると45(文化43、自然2)で世界1位。観光国として名高いが、悪質なぼったくり業者も多い。2008年には日本人男性がナイトクラブでクレジットカードから約97万円引き落とされ、2009年には日本人カップルがランチで約9万5千円請求され、イタリア観光相が謝罪した、といった騒動があった。マフィアもイタリア経済に多大な影響を及ぼしている。元々シチリアで生まれた犯罪者による秘密結社であったが、やがて世界的なヘロイン取引を行う大組織となった。政治家との癒着も強くあるが、近年は摘発が加速している。
ラテン系、ケルト系、ゲルマン系、ギリシャ系などの混成民族。南北で人の性質が違うといわれ、南北の経済格差も大きい。移民も多く、人口の6.5%が外国人。公用語はイタリア語。95%がカトリック。イタリア出身の有名人・音楽アントニオ・ヴィヴァルディドメニコ・スカルラッティニコロ・パガニーニジョアキーノ・ロッシーニジャコモ・プッチーニアルトゥーロ・トスカニーニ・美術レオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロ・ブオナローティ・文学ダンテ・アリギエーリ・科学ジョルダーノ・ブルーノガリレオ・ガリレイ
ローマ帝国の最大領域
紀元前からイベリア人、ケルト人、バスク人が住み、やがてローマ人に支配され、ローマの属州ヒスパニアとなった。711年、北アフリカから侵入したイスラム帝国ウマイヤ朝に敗れ、イベリア半島はイスラムの支配下となった。1492年、800年近くにおよぶキリスト教の抵抗により、イスラムは追放された。ちょうどこの年にコロンブスがアメリカ大陸を発見し、ヨーロッパの大国による植民支配時代へと突入する。スペインは1521~32年にかけて、アステカ、マヤ、インカの3つの文明を滅ぼし、中南米の大部分を征服した。都市は壊滅し、財宝は略奪され、銀をはじめとする資源が収奪され、スペインに莫大な富をもたらした。この過程で多くのインディオ(コロンブスは新大陸をインドと勘違いしたため、先住民はインディオと呼ばれた)が虐殺され、あるいはヨーロッパからもたらされた疫病に免疫がないため病死し、インディオの人口は10分の1以下にまで激減した。生き残ったインディオはキリスト教に改宗させられ、過酷な労働を強いられた。キューバ、ジャマイカ、プエルトリコなどの島では、虐殺と病死で純血インディオは絶滅し、不足した労働力はアフリカからの黒人奴隷でまかなわれた。暴虐の限りを尽くした植民支配により、スペインは世界覇権国家として君臨し、「太陽の没することなき帝国」と呼ばれ、スペイン史上最も繁栄した「黄金の世紀」であった。その後、スペインは数々の戦争に敗れて衰退し、19世紀にはナポレオンの台頭によってフランスの衛星国となった。まもなくフランスから独立するも、中南米の国が次々と独立したことにより、植民地を完全に失った。1936年のスペイン内戦では50万人が死亡、50万人が国を捨て、社会基盤が崩れて国力も疲弊した。ピカソの「ゲルニカ」はこの内戦の様子を描いたもの。1939年、内戦で勝利したフランシスコ・フランコ率いるファランへ党の一党独裁が始まった。二度の世界大戦には参戦しなかったが、戦後も独裁国家として国際社会から孤立した。1975年のフランコの死によって独裁政権が終わり、王政復古がなされた。60~90年代は日本と並んで高度経済成長し、現在GDP世界9位の経済大国だが、低迷が続き、世界金融危機の影響も受け、失業率は20%に達し、深刻な経済危機に瀕している。2004年、スペインがアメリカに同調してイラクに派兵したことに対し、イスラム過激派が首都マドリードの列車を爆破し、191人が死亡、2000人が負傷する事件が起きた。ラテン系のカスティーリャ人、カタルーニャ人、ガリシア人、アンダルシア人、バスク人などで構成される。世界屈指の移民受け入れ大国で、人口の11%が外国人。不況が深刻な現在は社会問題となっている。バスク人だけは系統不明の民族で、言葉も文化も他のヨーロッパ民族と異なる。バスクの独立を求める組織、ETAは1959年の結成以来、テロや暗殺を続け、スペインの政治家や軍幹部、警官など1000人以上を殺害している。
カスティーリャ語が標準スペイン語として定められており、カタルーニャ語、ガリシア語、アラン語、バレンシア語、バスク語が地方公用語になっている。使用国数は20ヶ国(世界3位)、総話者数は4億2千万人(世界3位)。アメリカ南西部での通用度も非常に高い。長らくイスラムの支配を受けていたため、アラビア語の影響も見られる。バスク語だけはまったく系統が異なり、スペイン語とは通じ合えない。94%がカトリック。スペイン出身の有名人フランシスコ・ザビエル(イエズス会宣教師)ミゲル・デ・セルバンテス(「ドン・キホーテ」の著者)アントニ・ガウディ(建築家)パブロ・カザルス(チェリスト)パブロ・ピカソ(画家)アンドレス・セゴビア(ギタリスト)サルバドール・ダリ(画家)パコ・デ・ルシア(ギタリスト)
スペイン帝国の支配
スペイン語圏
紀元前はケルト人が住んでおり、古代ローマ人はそこをガリアと呼んでいた。BC58年にはローマの将軍カエサルに侵攻され、ガリアはローマの属州となった。4~5世紀のゲルマン人の移動に伴い、ゲルマンの一部族であるフランク人が定住し、フランク王国を建てた。フランク王国最大領域時の国王カール大帝の死後、3人の孫が領土を分割し、その3つが現在のフランス、ドイツ、イタリアの基礎となった。10世紀に成立したフランス王国は、17世紀のルイ14世の時に最盛期を迎えた。この時期のフランスはヨーロッパ最大の人口を有し、政治、経済、文化、学問などにおいて絶大な影響力があった。1789年のフランス革命で王政が倒された後、1799年にナポレオン・ボナパルトが政権を握って領土を拡大したが、ロシア遠征で失敗したのを機に、フランス軍は連合軍によって壊滅した。二度の世界大戦では主戦場となり、多くの犠牲者を出したものの、連合国側についたため、戦勝国となった。16~20世紀に、フランスはイギリスと植民地化を競い、西アフリカ、北米、アジアなど、広大な領土を獲得した。その大部分は独立したが、現在も南米の仏領ギアナや、ニューカレドニアをはじめとする数々の島を領有している。ドイツとともに、EU主導国のひとつ。GDP世界5位の経済大国。観光客入国数は世界1位、農産物輸出額は世界2位。1973年のオイルショック以来、経済成長率は低く、2007年の世界金融危機でも打撃を受け、高い失業率と財政赤字が問題になっている。イタリアとの国境にアルプス最高峰のモンブラン(4810m)がある。大半がケルト、ラテン、ゲルマン系の混成民族。移民国家でもあり、スペイン、ポルトガル、東欧、旧植民地のアフリカ、中東、アジアなどから多くの移民を受け入れている。現大統領のサルコジも移民2世。アフリカ系黒人の居住区はスラム化しており、犯罪率、失業率が非常に高い。2005年のパリ暴動で移民の若者が不満を爆発させた。
公用語はフランス語。スイス、ベルギーでも公用語になっている他、旧植民地の西アフリカ、マダガスカル、カナダのケベック州、ハイチ、仏領ギアナなどでも話され、使用国数50ヶ国以上(世界2位)。総話者数は4億1千万人(世界4位)。カトリック80%、イスラム7%、プロテスタント1.5%。フランス出身の有名人・音楽ジョルジュ・ビゼークロード・ドビュッシーエリック・サティモーリス・ラヴェルピエール・ブーレーズ・美術クロード・モネオーギュスト・ルノワールポール・ゴーギャン・文学マルキ・ド・サドスタンダールオノレ・ド・バルザックヴィクトル・ユーゴーシャルル・ボードレールジュール・ヴェルヌアルチュール・ランボーマルセル・プルーストジャン・コクトーサン=テグジュペリジャン・ジュネアルベール・カミュ(フランス領アルジェリア)
・哲学ミシェル・ド・モンテーニュルネ・デカルトブレーズ・パスカルシャルル・ド・モンテスキューアンリ・ベルクソンジャック・ラカンジャン・ポール・サルトルシモーヌ・ド・ボーヴォワールメルロ=ポンティレヴィ・ストロース(生まれはベルギー)ジル・ドゥルーズミシェル・フーコージャン・ボードリヤールジャック・デリダ
フランク王国の最盛期
ナポレオンによる領土拡大
フランス帝国の支配
フランス語圏
スイスには、僕がヨーロッパで最も楽しみにしているアルプスがある。アルプスは7ヶ国にまたがっているが、イメージ的に「アルプス=スイス」だろう。スイス・イタリア国境にはマッターホルン(4478m)がある。最高峰ではないが、マッターホルンはアルプスの象徴であり、スイスの象徴でもある。写真を見ていると、どこかへ連れ去られてしまいそうになる。カナディアン・ロッキーでは、信じられないほど美しい山と湖を見たが、アルプスも同じぐらいの期待をしてしまう。
九州ほどの小さな国土に、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの公用語がある多言語国家。5世紀にローマ帝国がスイスから撤退した後、4つの民族が住みついたことがこの基礎をつくった。山がちな地形であまり混じり合うことがなかったのか、現在もそれぞれの言語話者は地理的に明確に分かれている。フランク王国、神聖ローマ帝国などの支配の後、1648年に独立。1815年に永世中立国として国際的に認められた。二度の世界大戦では、中立国といっても無縁ではいられず、逆に中立国ゆえに、他国がスイスを舞台に国際諜報や外交を行い、政治難民の避難地ともなった。第1次大戦後の1920年、国際連盟の本部がジュネーブに置かれた。第2次大戦後の1945年に設立された国際連合には長らく否定的であったが、2002年にようやく加盟。EUには加盟していない。永世中立国に加えて多言語という利便性もあり、WHO、IOC、FIFAなど、国際機関の本部が多数置かれている。永世中立国であるゆえ、他国から攻められた時に誰も頼らず自衛せねばならぬため、重武装の軍事国家でもある。ほとんどの住宅、建物にシェルターがあることで有名。
主な産業は、観光業、精密機械工業、金融業などで、経済水準は非常に高い。賃金の高さはデンマークに次いで世界2位。物価の高さはジュネーブが世界6位。通貨のスイスフランは、金よりも堅いといわれるほど世界で最も安定している。多くの国民が、EU加盟には何のメリットもないと考えている。ドイツ語話者は64%だが、標準ドイツ語とは通じあえないほどの方言。ドイツ語圏はゲルマン系アレマン人が住む。フランス語話者は19%。フランス語圏は19世紀にフランスから来たケルト人+ゲルマン人が住む。イタリア語話者は8%。ロマンシュ語話者は9%。世界でもスイスのごく限られた地域でしか話されない(高齢が多い)、絶滅危惧語。人口は756万人だが、そのうち2割が外国人定住者あるいは短期労働者。特に旧ユーゴスラビア出身者が多く、ユーゴスラビアの言語やトルコ語の話者も多い。英語の通用度も高い。カトリック43%、プロテスタント35%、イスラム教4%。スイス出身の有名人ジャン・ジャック・ルソー(哲学者、思想家、作家、作曲家)アンリ・デュナン(赤十字社の創設者)フェルディナン・ド・ソシュール(言語学者)グスタフ・ユング(心理学者)アルフレッド・コルトー(ピアニスト)
ドイツから北に突き出たユトランド半島と443の島からなる。ユトランド半島とスカンジナビア半島の間のシェラン島に首都のコペンハーゲンがあり、橋で結ばれている。「パンケーキのよう」と形容されるほど平坦な土地で、最高標高は173m。国土は小さい(九州ほど)が、世界最大の島、グリーンランド(日本の5.7倍)を領有している。409年にローマ帝国がブリタニア(イギリス)を放棄した後、現在のデンマークにいたアングロ人、サクソン人、ジュート人の3種のゲルマン系がブリタニアに渡り、先住のケルト人の文化を駆逐してイングランドの文化を築いた。かれらの話す言葉が英語の基礎となった。デーン人と呼ばれるデンマークのヴァイキングは、8~11世紀にイングランドをはじめ各地を侵攻し、11世紀の北海帝国時代にはスウェーデンとノルウェー、そしてイングランドをも支配する大国となった。その後は、ドイツ三十年戦争、大北方戦争、ナポレオン戦争などでいずれも敗れ、小国へと没落した。二度の世界大戦と冷戦においては、中立を貫いた。デンマークの福祉、教育、経済、平等、汚職の少なさなどの水準は、北欧三国と同様に世界トップクラス。今年7月発表のアメリカの世論調査機関による「幸福度ランキング」では、1位 デンマーク2位 フィンランド3位 ノルウェー4位 スウェーデン
という、見事なまでの北欧の独占。ちなみに日本は81位、中国は125位、アメリカは14位。賃金の高さも世界1位(日本は6位)、所得格差の少なさも世界1位(日本は2位)、消費税の高さも世界1位(スウェーデンとノルウェーも同じ25%、日本は消費税実施国で最下位)、物価の高さではコペンハーゲンが世界4位。報道の自由度も世界1位(北欧三国とアイルランドも同じく1位、日本は17位)。2005年にデンマークの日刊紙にムハンマドの風刺漫画が掲載され、大問題になった。玩具メーカーのレゴ(デンマーク語で「よく遊べ」を意味するleg godtが由来)、高級オーディオメーカーのバング&オルフセン、陶磁器のロイヤルコペンハーゲンなどが有名。英語で「デンマーク人」はDane、「デンマークの、デンマーク人の、デンマーク語」はDanish。日本でいう「デニッシュ」は、「デンマークのパン」という意味。
95%がデンマーク人(ゲルマン系)。公用語はデンマーク語。88%がプロテスタントの福音ルーテル派。デンマーク出身の有名人は、ハンス・クリスチャン・アンデルセン(童話作家)、セーレン・キェルケゴール(哲学者)、ニールス・ボーア(物理学者)。
ノルウェーと同じくヴァイキングから発展して王国を形成し、17世紀のスウェーデン・バルト帝国時代には現在のフィンランドとノルウェーの一部を含む北欧の大国となり、アメリカにも植民地を築いた。ロシアとの大北方戦争やナポレオン戦争で敗れて領土の一部を失い、19世紀には小国化したものの、他国から完全に支配されたことはない。二度の世界大戦では中立の立場をとり、冷戦においてもアメリカ寄りの微妙な中立主義を見せた。1995年EU加盟。ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルの莫大な遺産から生まれたノーベル賞は、1901年から授賞が始まり、年一回首都のストックホルムで授与式が行われる。世界一臭い食べ物として知られるシュールストレミング(ニシンの塩漬けを発酵させた缶詰)がある。その臭気指数は8070Au。2位の韓国のホンオフェ(6230Au)、3位のニュージーランドのエピキュアーチーズ(1870Au)と比べても、シュールストレミングは群を抜いた臭さだ。世界に店舗展開する家具店、IKEAもスウェーデン発祥。
90%がスウェーデン人(ゲルマン系)。少数のサーミ人。公用語がスウェーデン語。80%がプロテスタントの福音ルーテル教会。
スカンジナビア半島の西側に細長くのびる極北の国。僕は南アフリカから出発し、とりあえずヨーロッパ最北端として知られるノールカップ岬を目指すことになるが、厳密にはノールカップは最北端ではないらしい。ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにまたがる、スカンジナビア北部の地方はラップランドと呼ばれ、少数民族サーミ人がトナカイとともに生活し、半国家をなしている。西岸は全域がフィヨルドで、氷河の浸食によって複雑に入り組んだ地形がえんえんと続く。「入江、湾、フィヨルド」を意味する「vik」から、「ヴァイキング」(フィヨルドから来た者)という言葉が生まれた。通説では「ヴァイキング」=「海賊」というイメージだが、実際にはスカンジナビアに住む人全体を指し、手工業に秀でた漁民、農民であったという。日本でバイキングといえば食べ放題だが、これはノルウェーの一般的なパーティのスタイルを真似たもの。9~11世紀にはヴァイキング時代として栄えたが、14世紀にはデンマークに併合され、19世紀にはスウェーデンに併合された。独立は1905年。EU加盟は国民投票によって否決され、現在も非加盟国。北海油田の豊富な石油資源により、ノルウェーは世界有数の原油輸出国。漁業、林業、鉱業、IT産業もさかんで、国民一人当たりのGDPは世界2位(1位はルクセンブルク、日本は17位)。首都のオスロは、物価の高さで世界3位(1位は東京、2位はロンドン)。就学率、識字率、平均寿命なども高く、生活の質や発展を示す人間開発指数(HDI)は世界1位(日本は10位)。男女平等の国であり、女性の社会進出度を示すGEMは世界1位(4位まですべて北欧、日本は57位)。国民がEU加盟を望まないのは、自国の産業だけで豊かな経済が維持でき、福祉国家としての高度なシステムも確立されているので加盟する必要がないし、加盟すればスペイン、ポルトガル、ギリシャ、アイルランドなどのEU貧乏国の面倒も見なければならない。人口たった485万人の国で人材的、経済的な流動が起きたら、脅威となるであろう。92%がノルウェー人(ゲルマン系)。サーミ人は2万人ほど。公用語はノルウェー語。アイスランド語に近いらしい。サーミ人はサーミ語。84%がプロテスタントの福音ルーテル派。ノルウェー出身の有名人は、ヘンリック・イプセン(劇作家)、エドヴァルド・グリーグ(作曲家)、エドヴァルド・ムンク(画家)。
古代からフィン人が定住していたことからフィンランドと呼ばれるが、かれらは自分たちをスオミと呼ぶ。人口が少なく、部族のまとまりも強くなかったため、長らくスウェーデン人によって支配され続けた。18世紀からはロシアに支配されたが、1917年に独立。戦後はソ連の勢力下に置かれたが、資本主義体制を維持した。ソ連に頭を下げながらも、西側諸国に傾きすぎないような、微妙な外交で冷戦をやりすごし、ソ連崩壊後は西側について、1994年にEUに加盟した。国土の73%が森林で、先進国では最も高い森林率(日本はそれに次ぐ68%)。主に針葉樹林。国土の10%が湖で、その数は18万におよぶ。「湖」を意味する「スオ」が「スオミ」の語源といわれている。針葉樹林と無数の湖、そしてカリブー(トナカイ)など、自然環境はアラスカやカナダととても似ていると思われる。従来は林業と農業中心の経済であったが、1980年代以降はノキアやLinuxに代表されるIT、ハイテク産業へと変化し、ヨーロッパでも有数の経済大国となり、生活水準は非常に高い。2001~2004年は国際経済競争力が世界1位だった。
フィン人93%、スウェーデン人6%、サーミ人0.1%、ロマ人0.1%。公用語はフィンランド語。ローマ字を使うがヨーロッパ語族ではなくウラル語族(エストニア語、ハンガリー語など)であり、他の北欧の言語とは大きく異なる。オーランド諸島はスウェーデン語。サーミ語は準公用語。プロテスタント89%。
北欧はなにかと優等生なイメージがある。8月26日のニュースによると、アメリカのNewsweekが、世界100ヶ国の生活、健康、教育、経済などに対する幸福度を総合的に評価して格付けする「ベスト国家ランキング」を発表した。1位 フィンランド2位 スイス3位 スウェーデン4位 オーストラリア5位 ルクセンブルク6位 ノルウェー7位 カナダ8位 オランダ9位 日本10位 デンマークもちろん、こういったランキングは基準が曖昧だし、さまざまなバイアスがかかっているだろうから真に受けるべきではないが、北欧三国+デンマークがもれなくランクインしているのはそれなりの理由があると思われる。それにしても、寒そうな国ばかりで熱帯の国が見当たらないのはなぜだろう?南半球はオーストラリアのみ。日本がランクインしているのを意外に思う人は多いだろう。ちなみにアメリカは11位。中国は59位。フィンランドの教育水準は世界一といわれ、「教育先進国」として注目されている。授業時間は日本より少なく、塾も予備校もなく、受験戦争もさほど厳しくはないという。にもかかわらず、国際学力テストのPISAで、フィンランドは毎回総合で世界1位の成績をおさめている。主な特徴は、・カリキュラムや教科書検定などは国が細かくコントロールするのではなく、現場の教師に任せていること。・現場の教師が有能なプロであること。・生徒に競争させるのではなく達成を目標とすること。・落ちこぼれを出さないこと。少人数制で補習を充実。「教育という名のボートに乗った子は一人たりとも落とさない。」・日本は教育費の私的負担が非常に高いが、フィンランドは教育費の97%が公的負担でまかなわれる。フィンランドに限らず、北欧諸国は「平等」の意識が高く、誰もが平等に公正なサービスを受けられる制度が整っており、福祉国家として名高い。女性の社会進出度、報道の自由度、汚職の少なさなどでも、北欧諸国が世界の上位を占めている。現在のフィンランドは大統領も首相も女性である。単に優秀というだけでなく、システムに理念を感じさせるところを、日本も学ぶべきだ。
その他、フィンランドは、・図書館利用率世界1位。・環境持続可能性指数世界1位。・1人あたりのコーヒー消費量世界1位。・1人あたりの牛乳消費量世界1位。・サウナ普及度世界1位。(「サウナ」はフィンランド語)奇妙な大会が多いことでも有名。・エア・ギター世界選手権・サウナ世界選手権(先月死亡者が出た)・携帯電話投げ世界選手権(携帯電話のシェア世界1位のノキアはフィンランドのメーカー)・国際雪合戦・奥様運び大会
エストニア、ラトビア、リトアニアは「バルト三国」としてひとくくりにされるが、それぞれ独自の民族、言語、歴史を持つ。第2次大戦中の1940年にソ連に併合されたが、1989年の東欧革命では、200万人が手をつなぎ、600km以上におよぶ「人間の鎖」で三国を結び、ソ連からの独立を世界に訴えた。1990年にはリトアニア、ラトビアが、1991年にはエストニアが独立し、2004年には三国同時にEU加盟を果たした。・リトアニアリトアニア人83%、ポーランド人6%、ロシア人5%。公用語はリトアニア語。大半がカトリック。・ラトビアラトビア人59%、ロシア人28%。公用語はラトビア語。東部はカトリック、北部、西部はプロテスタント。・エストニアエストニア人68%、ロシア人25%。公用語はエストニア語。大半がプロテスタント。
6世紀までにポーランド人の祖となるスラブ人がこの地に定住し、966年にポーランドは国家として成立した。14~16世紀にはヨーロッパの大国として繁栄したが、やがて衰退し、18世紀後半にはロシア、プロシア、オーストリアによって分割された。1830年、ロシアからの独立を目指して「十一月蜂起」が起こり、翌年鎮圧された。ショパンはこの事件の知らせを聞いて、「革命」を作曲したといわれている。
第1次世界大戦が終結した1918年、ドイツとソ連から領土が割譲され、ポーランドは国家として再生した。第2次世界大戦が勃発した1939年、ナチス・ドイツとソ連に侵攻され、再び分割。ナチスによるホロコーストの象徴といえるアウシュビッツ強制収容所はポーランドにある。ヨーロッパ各地から、ユダヤ人、ロマ人、政治犯、障害者などが送り込まれ、ピーク時の1943年には14万人が収容され、過重労働、人体実験、ガス室での大量虐殺などが行われた。1979年、「負の遺産」として世界遺産に登録された。大戦後にポーランドは再度復活したが、ソ連の衛星国となり、社会主義国となって共産圏に組み込まれた。1989年、東欧革命で初の民主化。2004年、EU加盟。
97%がポーランド人。公用語はポーランド語。キリル文字ではなくローマ字を用いる。95%がカトリック。・ポーランド出身の有名人ニコラウス・コペルニクス(天文学者、地動説)キュリー夫人(化学者、ラジウムとポロニウムを発見)フレデリック・ショパン(作曲家、ピアニスト)イグナツィ・パデレフスキ(ピアニスト、第3代首相)ルドヴィコ・ザメンホフ(言語学者、エスペラント語の創始者)
第1次世界大戦で敗戦したドイツは、徹底的に痛めつけられ、経済も崩壊状態となった。そんな中で台頭したナチス党は、党首ヒトラーの巧みな戦略によって国民に支持され、1933年に政権を握った。ナチスは、国粋主義のもとにユダヤ人を排斥し、言論、出版、教育を統制するなど、独裁体制を進めた。反対派やユダヤ人は強制収容所に送られた。ナチスに殺されたユダヤ人は600万人といわれている。また、アウトバーン建設などの大規模な土木工事や軍需工業をおこして、失業者を急速に減らした。
1938年にナチス・ドイツはオーストリアを併合し、さらに領土を拡大すべく、1939年にポーランドに侵攻した。これに対してイギリスとフランスがドイツに宣戦し、第2次世界大戦が勃発。1945年、またしてもドイツは敗戦し、領土の25%を失い、戦勝国の米英仏ソによって東ドイツと西ドイツに分裂した。分裂後まもなく、「東(ソ連などの社会主義陣営)vs西(米英仏の資本主義陣営)」の冷戦時代へ突入。1960年代には、貧しい東ベルリンから豊かな西ベルリンに逃げこむ者が増えた。これを防ぐためにソ連が建設したのがベルリンの壁。1980年代の終わりに東欧の共産国が次々に破綻して民主化したことが影響し、経済的困窮が続く東ドイツでも統一の動きが高まり、1989年にはベルリンの壁が崩壊し、翌1990年にドイツは再び統一された。現在のドイツは、世界トップの工業製品輸出国(2008年に輸出額で中国に抜かれた)で優れた技術を誇り、GDPは世界4位(ヨーロッパで1位)の経済大国である。フランスとともにEUの中核国であるが、一方で、長期間の分裂による東西の格差がいまだ残り、成長の妨げとなっている。
ドイツ人は旅行好きで有名で、海外旅行者数は世界1位。年間で延べ7000万人以上が海外旅行をする(ドイツの人口は8175万人)。日本人の海外旅行者数は1700万人ほどで、トップ10にも入っていない。公用語はドイツ語。宗教はキリスト教68%(プロテスタント32%、カトリック31%)、イスラム教4%、ユダヤ教0.25%。・ドイツ出身の音楽家ヘンデル、バッハ、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、シューマン、ワーグナー、ブラームス、フルトヴェングラー・ドイツ出身の学者ケプラー(天文学者)、カント(哲学者)、ゲーテ(作家)、ヘーゲル(哲学者)、ガウス(数学者)、マルクス(経済学者)、ニーチェ(哲学者)、アインシュタイン(物理学者)
ゲルマン人というのは、古代ローマ帝国の側から見たゲルマニア地方に住む諸民族の総称で、ゲルマン人という民族がいるわけではないらしいが、やはり「ドイツ人=ゲルマン人」というイメージが強くある。4~5世紀、アジアから来たフン族に押されてゲルマン人がローマ帝国に進入、同化していった。これが有名な「ゲルマン民族の大移動」。フン族の侵攻を食い止めたのは、ローマ帝国で傭兵となったゲルマン人であり、ヨーロッパ世界の成立にとって重要な役割を果たした。この大移動のすぐ後に西ローマ帝国が滅亡し、ゲルマン人による王国が築かれ、フランク王国が統一した。フランク王国において、ラテン語ではなくゲルマン語系を話す人一般に対する「Deutsch」(民衆、大衆)という呼称が、後の国名の由来となった。9世紀、カール大帝の死後にフランク王国は、東フランク王国、西フランク王国、中フランク王国に分割され、それぞれドイツ、フランス、イタリアの原型となった。神聖ローマ帝国、プロイセン王国を経て、1871年、ドイツ帝国が成立した。

分割後のフランク王国
1630年の神聖ローマ帝国
プロイセン王国
9世紀、ヨーロッパとアジアを南北に分断するウラル山脈の東方からこの地に来たマジャル人が、10世紀後半にハンガリー王国をつくったのが起源。現在のハンガリー人はDNA分析ではコーカソイドだが、ヨーロッパで唯一アジア系民族の血筋を引く国であり、赤ちゃんに蒙古斑があったり、苗字が名前より先だったりと、アジアの名残りがある。モンゴル帝国の侵攻、オスマン帝国の支配、オーストリア=ハンガリー二重帝国などを経て、1918年に独立。第2次大戦後はソ連の衛星国となり、王政が廃止され、共産国となった。1956年、ソ連に対する反発から、ハンガリー動乱が起きたが、ソ連軍に鎮圧された。1989年に民主化。2004年にEU加盟。EU加盟当時までは「旧東欧の優等生」といわれるほど経済成長が好調であったが、インフレと失業率の増加で貧富の差が拡大した。
今年4月に発足したオルバン新政権は、「前政権がデータの改ざんをしており、デフォルト(債務不履行)の噂も誇張ではない、ハンガリーは次のギリシャとなる。」という爆弾発言をして波紋が広がったが、ハンガリーは危機管理に優れた実績があり、この発言はパフォーマンスだ、という見方もある。ハンガリー出身の有名人では、19世紀最大のピアニストであり、作曲家でもあるフランツ・リスト、現在のコンピュータの動作原理であるノイマン型コンピュータを発案した数学者ジョン・フォン・ノイマン、という2人の天才がいる。マジャル人95%。他にドイツ人、ロマ人など。公用語はハンガリー語(マジャル語)。52%がカトリック。16%がカルヴァン派。
BC1000年頃からこの地方に住んでいたダキア人と、植民したローマ人が混ざってルーマニア人の祖先となった。ローマ人の血筋を引いているので、東欧で唯一のラテン系民族。
ローマ帝国の支配、オスマン帝国の支配などを経て、1877年に独立。第2次大戦後の1947年、ソ連の圧力により王政が廃止され、共産化した。かの悪名高きチャウシェスクは、1965年に共産党党首、1974年に初代大統領となり、縁故主義による独裁政治で、家族や親族らとともに「王朝」と呼ばれるほど権勢を振るった。莫大な対外債務の返済のために、食料や灯油などの生活必需品も輸出にまわす「飢餓政策」により、国民の生活は困窮していた。そんな中、チャウシェスクは「国民の館」なる大宮殿(アメリカのペンタゴンに次ぐ世界第2位の広さの建築物)を建設し、家族や親族とともに優雅な生活を送っていた。(バブル期に税金1500億円をかけて建築された東京都庁を「まるでチャウシェスクの宮殿だ」と表現した人もいた。)1989年のルーマニア革命で捕えられて処刑。銃殺シーンは世界中に放映された。共産主義が崩壊して民主化された後も、経済は停滞しており、貧困から脱却できていない。2007年にEU加盟。ルーマニア人89%、マジャル人6%、ロマ人2%。公用語はルーマニア語。伊西仏などと同じロマンス語の系統。かつてはキリル文字だったが、18世紀以降はラテン文字(ローマ字)になった。87%がキリスト教ルーマニア正教会。
「人種」と「民族」はしばしば混同される。「ヨーロッパ=白人」というイメージがあるが、DNA分析による人種の分類上では、アラブ人やインド人もヨーローッパと同じコーカソイドである。おそらく宗教や言語などの共通性から、ヨーロッパというひとつのまとまりが存在しているのだと思うが、同じヨーロッパでもさまざまな民族の分類がある。ロシアから東欧、中欧にかけて分布しているのがスラブ人という民族で、言語に共通性がみられる。バルカン半島北部にいた南スラブ人と、アジアから来たトルコ系のブルガール人が混ざって同化し、10世紀頃までに現在のブルガリア人の祖先が形成された。(ちなみにブルガリアの西に旧ユーゴスラビア諸国があるが、「ユーゴスラビア」は「南スラブ人の土地」という意味。)ローマ帝国の支配、モンゴル帝国の侵攻、オスマン帝国の支配などを経て、1908年に独立。1944年にソ連に侵攻されてソ連の衛星国家のひとつとなり、共産党による一党独裁が始まった。1989年の東欧革命で共産主義が崩壊して民主化され、社会主義から資本主義へ移行した。2007年にEUに加盟。経済成長しているものの、EU最貧国のひとつで、失業率の高さや生活水準の低さが際立つ。
ブルガリア人83%、トルコ人9%、ロマ人5%。公用語はブルガリア語。キリル文字を使うため、ロシア語に非常に似ている。82%がキリスト教ブルガリア正教会、イスラム教12%。
スラブ人の分布