2010年7月16日金曜日

イメージ ルーマニア

BC1000年頃からこの地方に住んでいたダキア人と、植民したローマ人が混ざってルーマニア人の祖先となった。
ローマ人の血筋を引いているので、東欧で唯一のラテン系民族。

ローマ帝国の支配、オスマン帝国の支配などを経て、1877年に独立。
第2次大戦後の1947年、ソ連の圧力により王政が廃止され、共産化した。

かの悪名高きチャウシェスクは、1965年に共産党党首、1974年に初代大統領となり、縁故主義による独裁政治で、家族や親族らとともに「王朝」と呼ばれるほど権勢を振るった。
莫大な対外債務の返済のために、食料や灯油などの生活必需品も輸出にまわす「飢餓政策」により、国民の生活は困窮していた。
そんな中、チャウシェスクは「国民の館」なる大宮殿(アメリカのペンタゴンに次ぐ世界第2位の広さの建築物)を建設し、家族や親族とともに優雅な生活を送っていた。
(バブル期に税金1500億円をかけて建築された東京都庁を「まるでチャウシェスクの宮殿だ」と表現した人もいた。)
1989年のルーマニア革命で捕えられて処刑。銃殺シーンは世界中に放映された。

共産主義が崩壊して民主化された後も、経済は停滞しており、貧困から脱却できていない。

2007年にEU加盟。

ルーマニア人89%、マジャル人6%、ロマ人2%。
公用語はルーマニア語。伊西仏などと同じロマンス語の系統。かつてはキリル文字だったが、18世紀以降はラテン文字(ローマ字)になった。
87%がキリスト教ルーマニア正教会。

ルーマニア地図  ルーマニアの位置 



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