明日、飛行機でクロアチアへ飛ぶ。
やはり、陸路でスロベニアに上陸せずにダイレクトにクロアチアへ行く、というのは無理があるようだ。
改めて状況説明すると、
僕がシェンゲン内に入ったのは3月2日で、すでに3ヶ月のリミットが切れている。
日本人はオーストリアに6ヶ月滞在できるという特別ルールがあるので、シェンゲン最終国がオーストリアであれば、オーストリア以外のシェンゲン国3ヶ月+オーストリア6ヶ月という組み合わせで最大9ヶ月滞在できるということになり、現時点ではルール違反しているわけではない。
オーストリアの次は非シェンゲン国へ行かなければならないのだが、オーストリアは周囲を完全にシェンゲン国で囲まれてしまっている。
電車またはバスで、シェンゲン国であるスロベニアを飛ばして非シェンゲン国であるクロアチアへ行く方法を検討してみたが、それがどうも無理っぽいので、結果、飛行機でクロアチアへ飛ぶことにした。
チケットは400ユーロ。
高い!
直行便で、たった50分のフライトでこの料金は高すぎる。
さらに、自転車を積むのに超過料金を取られるだろう。
野宿で浮かした金がすべて帳消しになるような額だ。
オーストリア航空は、自転車をパッキングせずに、そのままの状態で積めるらしい。
おととい、空港に行って直接確かめてきた。
ただ、そのままの状態で積むことは可能だが、パッキングすることをお勧めする、と言われた。
しかし、自転車と荷物のパッキングは、とてもとても面倒くさい。
避けられるものなら避けたい。
空港の作業員は、荷物の扱いが荒い。
僕の自転車を適正に扱ってくれるかどうか、かなり不安ではある。
飛行中、倒れたりしないだろうか。
バッグの中身の盗難の確率も高まるだろう。
でも、そのままで行く。
Wien, Austriaにて
Dst. 17414km
2012年6月20日水曜日
ウィーン郊外
ドナウ川。

やっぱり濁流。
二重構造の橋。

上が車道、下が歩道と自転車道、下の中央には電車が通っている。
ドナウ川と並行する新ドナウ川。

全然色が違う。


泳いでるよ!

ドナウ運河。


やっぱり落書き。


なんと、これらの落書きは合法だそうだ。
落書きしてもいい場所とダメな場所、という区別があるらしい。

一度降りたら、もう乗れない?


ウィーンに着いてから、ずっと晴天が続いている。
ようやく雨期終了か。
と同時に、急激に気温が上昇し、一気に夏になった。
連日30℃を超える。
エアコンはないのか、店内も建物内も、どこも暑いので、公園の木陰に逃げこんで休憩する。
ウィーンっ子たちは、男も女も、自分の肉体美を見せつけるかのように肌をあらわにしている。
公園では若い女性たちが、水着なのか下着なのかわからないが、ビキニ状態で寝そべっている。
河原では、半裸状態でジョギングやサイクリングをしている人も多い。
ここはもう北海道よりも高緯度なので、夏の暑さはそれほど厳しくないはずだが、もっと南方のスペイン、4月ですでに全裸になっていたあのスペイン人たちは、今頃どうなっていることだろう?
一方で、ここオーストリアにも、少なからずムスリムがいる。
彼女たちは、どんなに暑かろうが、決して肌や髪を見せず、ガッチリガードしている。
やっぱり世界は面白いな。
ウィーンは意外に安い。
僕でもなんとか手が届く値段の、ケバブ屋さんや、アジアンフードのテイクアウェイ店がたくさんある。
ケバブ(3.50ユーロ)。

ズッシリと重く、ボリュームは合格。
ただ、ヨーロッパはどこの国もそうだが、ドリンクが高い。
500mlのペットボトルの相場は、2.50ユーロぐらいだろうか。
もちろん、コンビニや自販機などはなく(タバコの自販機ならあるが)、オーストリアの街にはキヨスクさえない。
スーパーでは、2Lのペットボトルが数十セントで売っているが、冷えていない。
基本的にヨーロッパのスーパーでは、ペットボトルはぬるい状態で売られている。
しかし、今の日本人は、ドリンクがぬるいとか、エアコンが効いてないとか、そういう文句は言えない。
チャイニーズ・ビュッフェ!

ビュッフェ6.80+ドリンク2.30=9.10ユーロ。
すばらしい。
やはりドリンクが高いが、10ユーロ以下でお腹いっぱいにさせてくれるというなら、迷わず行くでしょう。
そして、うまい。
ライスがパサパサなのが難点だが、肉も野菜もたっぷりで、栄養満点。
アジアンフード最強。
だがやはり、食べ放題なら、ドリンクも飲み放題にするべきだ。
たくさん食べるということは、それだけたくさん飲むということだ。
500mlじゃとても足りない。
お腹いっぱいになる前に、ノドが渇いて店を出るハメになる。
店の外装。

チャイニーズにスシにコーヒーに、何でもありだな。
写真は撮らなかったが、アイスクリーム屋さんもたくさんある。
おいしくて、そんなに高くない。
だがやはり、ノドが渇くので、アイスを買うなら冷たい炭酸を買った方がいい。
英語の通用度は高い。
アジア系の店員も、流暢な英語を話す。
ドイツ語もきっと上手なのだろう。
僕は、ドイツやオーストリアではほとんど英語が通じてしまうので、ドイツ語はまったく上達しない。
首都なのに、こんな広い直線道路が4kmも続く。

車とバイクは禁止だが、馬車はOK。


ウィーンに着いて次の日の朝、テントを買った。

70ユーロ。
3.7kgと少々重いが、なんでもいいから耐水性に期待したい。

滞在しているキャンプ場は、1泊11ユーロ。
首都にしては安い。
東京も、都心から10km圏内にこんなキャンプ場があったら、外国人旅行者はきっと喜ぶと思う。
帰国したら、荒川か多摩川でキャンプ場経営でもやるか。
キャンプ場から街の中心まで、10km弱ある。
毎日往復して、観光したりなんだかんだで、ウィーンに着いてからもう200kmもサイクリングしている。
快適な道なので、まったく苦にはならない。
キャンプ場内では、電動スクーターが活躍。

いいかげん、 日々変わらぬスープスパゲティにうんざりしてきたので、米に切り替えた。

こんなものだって売ってる。

3袋入りで3.63ユーロと、ちょっと高すぎた。
肉(なにかの内臓)を味噌汁で煮て、ご飯にぶっかける。

味噌汁がもう少し安ければ、使えるアイディアだ。
Wien, Austriaにて
Dst. 17398km
やっぱり濁流。
二重構造の橋。
上が車道、下が歩道と自転車道、下の中央には電車が通っている。
ドナウ川と並行する新ドナウ川。
全然色が違う。
泳いでるよ!
ドナウ運河。
やっぱり落書き。
なんと、これらの落書きは合法だそうだ。
落書きしてもいい場所とダメな場所、という区別があるらしい。
一度降りたら、もう乗れない?
ウィーンに着いてから、ずっと晴天が続いている。
ようやく雨期終了か。
と同時に、急激に気温が上昇し、一気に夏になった。
連日30℃を超える。
エアコンはないのか、店内も建物内も、どこも暑いので、公園の木陰に逃げこんで休憩する。
ウィーンっ子たちは、男も女も、自分の肉体美を見せつけるかのように肌をあらわにしている。
公園では若い女性たちが、水着なのか下着なのかわからないが、ビキニ状態で寝そべっている。
河原では、半裸状態でジョギングやサイクリングをしている人も多い。
ここはもう北海道よりも高緯度なので、夏の暑さはそれほど厳しくないはずだが、もっと南方のスペイン、4月ですでに全裸になっていたあのスペイン人たちは、今頃どうなっていることだろう?
一方で、ここオーストリアにも、少なからずムスリムがいる。
彼女たちは、どんなに暑かろうが、決して肌や髪を見せず、ガッチリガードしている。
やっぱり世界は面白いな。
ウィーンは意外に安い。
僕でもなんとか手が届く値段の、ケバブ屋さんや、アジアンフードのテイクアウェイ店がたくさんある。
ケバブ(3.50ユーロ)。
ズッシリと重く、ボリュームは合格。
ただ、ヨーロッパはどこの国もそうだが、ドリンクが高い。
500mlのペットボトルの相場は、2.50ユーロぐらいだろうか。
もちろん、コンビニや自販機などはなく(タバコの自販機ならあるが)、オーストリアの街にはキヨスクさえない。
スーパーでは、2Lのペットボトルが数十セントで売っているが、冷えていない。
基本的にヨーロッパのスーパーでは、ペットボトルはぬるい状態で売られている。
しかし、今の日本人は、ドリンクがぬるいとか、エアコンが効いてないとか、そういう文句は言えない。
チャイニーズ・ビュッフェ!
ビュッフェ6.80+ドリンク2.30=9.10ユーロ。
すばらしい。
やはりドリンクが高いが、10ユーロ以下でお腹いっぱいにさせてくれるというなら、迷わず行くでしょう。
そして、うまい。
ライスがパサパサなのが難点だが、肉も野菜もたっぷりで、栄養満点。
アジアンフード最強。
だがやはり、食べ放題なら、ドリンクも飲み放題にするべきだ。
たくさん食べるということは、それだけたくさん飲むということだ。
500mlじゃとても足りない。
お腹いっぱいになる前に、ノドが渇いて店を出るハメになる。
店の外装。
チャイニーズにスシにコーヒーに、何でもありだな。
写真は撮らなかったが、アイスクリーム屋さんもたくさんある。
おいしくて、そんなに高くない。
だがやはり、ノドが渇くので、アイスを買うなら冷たい炭酸を買った方がいい。
英語の通用度は高い。
アジア系の店員も、流暢な英語を話す。
ドイツ語もきっと上手なのだろう。
僕は、ドイツやオーストリアではほとんど英語が通じてしまうので、ドイツ語はまったく上達しない。
首都なのに、こんな広い直線道路が4kmも続く。
車とバイクは禁止だが、馬車はOK。
ウィーンに着いて次の日の朝、テントを買った。
70ユーロ。
3.7kgと少々重いが、なんでもいいから耐水性に期待したい。
滞在しているキャンプ場は、1泊11ユーロ。
首都にしては安い。
東京も、都心から10km圏内にこんなキャンプ場があったら、外国人旅行者はきっと喜ぶと思う。
帰国したら、荒川か多摩川でキャンプ場経営でもやるか。
キャンプ場から街の中心まで、10km弱ある。
毎日往復して、観光したりなんだかんだで、ウィーンに着いてからもう200kmもサイクリングしている。
快適な道なので、まったく苦にはならない。
キャンプ場内では、電動スクーターが活躍。
いいかげん、 日々変わらぬスープスパゲティにうんざりしてきたので、米に切り替えた。
こんなものだって売ってる。
3袋入りで3.63ユーロと、ちょっと高すぎた。
肉(なにかの内臓)を味噌汁で煮て、ご飯にぶっかける。
味噌汁がもう少し安ければ、使えるアイディアだ。
Wien, Austriaにて
Dst. 17398km
2012年6月18日月曜日
ウィーンの天才たち
ウィトゲンシュタイン・ハウス。

ウィトゲンシュタインの生家または住家なのかと思って行ってみたのだが、ウィトゲンシュタインが設計した家だそうだ。
現在はブルガリア大使館として使われている。

元々ただの記号であるはずの言葉が、意味を持つとはどういうことなのか?
意味を理解する時、頭の中で何が起こっているのか?
記号が意味を持つ瞬間・・・!
これは、たとえば無生物世界に生物が誕生する瞬間と同様、とんでもない飛躍であり、その瞬間をイメージしようとすると、どうしようもないほどの気持ち悪さに襲われる。
大学生の時、卒業論文を「意味の意味」というテーマで書いたのも、この気持ち悪さを少しでも解消させるためだった。
古代からの歴代の哲学者で、意味について考察した人は、そう多くはない。
誰よりもこの問題を考え抜いたウィトゲンシュタインに、真っ向から対峙する必要があった。
時間と空間を超えて、彼とこの気持ち悪さを共有し、議論を重ねた。
他人という気がしない。
今、そのウィトゲンシュタインが生きたウィーンにいる。
彼も、この街を歩いていた。
意味はどこにあるのだろう?
・・・気持ち悪い。
フロイト博物館。



ウィトゲンシュタインもフロイトも、ユダヤ人。
あと、オーストリアのユダヤ人にマーラーがいるが、僕はマーラーはまったく理解できない。
ハイリゲンシュタットのベートーヴェン・ハウス。


ベートーヴェンはドイツのボンで生まれ育ったが、21歳の時にハイドンに認められて弟子となり、ウィーンに移住した。
以後、56歳で生涯を終えるまでの半生を、ウィーンですごした。



デスマスク。


20代後半から、聴覚に障害があらわれるようになった。
症状は悪化する一方で、音楽家として聴覚を失うということに絶望し、自殺も考え、31歳の時、弟宛てに遺書を書いた。
これが有名なハイリゲンシュタットの遺書。

これは発送されることはなく、ベートーヴェンの死後に発見された。
どのようにしてこの苦難を乗り越えたのか、ベートーヴェンはこの後、新たな境地から創作を再開し、「傑作の森」と呼ばれるほど次々と代表作を書きあげていった。

ベートーヴェンの後期の作品には、第5交響曲のように長調と短調を何度も行き来するものや、第9交響曲のように、フルトヴェングラーの言う「デモーニッシュ」な曲調から始まって終楽章で「歓喜の歌」にいたるような、彼の人生を反映するかのような展開がみられる。
後期のピアノソナタ、特に最後の32番なんかも、意味ありげな展開をする。
ここハイリゲンシュタットは、ベートーヴェンの人生にとって重大な転換期をむかえた場所であった。





第6交響曲「田園」には、小鳥のさえずりを模倣するような音があるが、これを作曲した時、ベートーヴェンはすでに耳が聞こえていなかった。

ちなみに僕は交響曲はそれほど好きではなく、ピアノソナタか、リスト編のピアノ版を聴くことが多い。

ウィーンの中心近く、ベートーヴェンのお気に入りの住まいだったという、パスクヴァラティ・ハウス。





5ペダル。

・・・読めない。
部屋からウィーン大学が見える。

ウィーン大学。

数多くの偉人を輩出した。
あのゲーデルも、ここで教鞭をとった。

モーツァルト。

35歳、ウィーンにて没。

ハイドン。

アドルフ・ヒトラーも、オーストリア出身。
ヒトラーとウィトゲンシュタインは同じ高校に通っていて、この2人が一緒におさまっている集合写真があるという。
すごい国だな。
シュワルツェネッガーも、オーストリア出身。
それと関係があるのかどうかわからないが、男も女もマッチョ志向の人が多い。
露出度も高い。
Wien, Austriaにて
Dst. 17314km
ウィトゲンシュタインの生家または住家なのかと思って行ってみたのだが、ウィトゲンシュタインが設計した家だそうだ。
現在はブルガリア大使館として使われている。
元々ただの記号であるはずの言葉が、意味を持つとはどういうことなのか?
意味を理解する時、頭の中で何が起こっているのか?
記号が意味を持つ瞬間・・・!
これは、たとえば無生物世界に生物が誕生する瞬間と同様、とんでもない飛躍であり、その瞬間をイメージしようとすると、どうしようもないほどの気持ち悪さに襲われる。
大学生の時、卒業論文を「意味の意味」というテーマで書いたのも、この気持ち悪さを少しでも解消させるためだった。
古代からの歴代の哲学者で、意味について考察した人は、そう多くはない。
誰よりもこの問題を考え抜いたウィトゲンシュタインに、真っ向から対峙する必要があった。
時間と空間を超えて、彼とこの気持ち悪さを共有し、議論を重ねた。
他人という気がしない。
今、そのウィトゲンシュタインが生きたウィーンにいる。
彼も、この街を歩いていた。
意味はどこにあるのだろう?
・・・気持ち悪い。
フロイト博物館。
ウィトゲンシュタインもフロイトも、ユダヤ人。
あと、オーストリアのユダヤ人にマーラーがいるが、僕はマーラーはまったく理解できない。
ハイリゲンシュタットのベートーヴェン・ハウス。
ベートーヴェンはドイツのボンで生まれ育ったが、21歳の時にハイドンに認められて弟子となり、ウィーンに移住した。
以後、56歳で生涯を終えるまでの半生を、ウィーンですごした。
デスマスク。
20代後半から、聴覚に障害があらわれるようになった。
症状は悪化する一方で、音楽家として聴覚を失うということに絶望し、自殺も考え、31歳の時、弟宛てに遺書を書いた。
これが有名なハイリゲンシュタットの遺書。
これは発送されることはなく、ベートーヴェンの死後に発見された。
どのようにしてこの苦難を乗り越えたのか、ベートーヴェンはこの後、新たな境地から創作を再開し、「傑作の森」と呼ばれるほど次々と代表作を書きあげていった。
ベートーヴェンの後期の作品には、第5交響曲のように長調と短調を何度も行き来するものや、第9交響曲のように、フルトヴェングラーの言う「デモーニッシュ」な曲調から始まって終楽章で「歓喜の歌」にいたるような、彼の人生を反映するかのような展開がみられる。
後期のピアノソナタ、特に最後の32番なんかも、意味ありげな展開をする。
ここハイリゲンシュタットは、ベートーヴェンの人生にとって重大な転換期をむかえた場所であった。
第6交響曲「田園」には、小鳥のさえずりを模倣するような音があるが、これを作曲した時、ベートーヴェンはすでに耳が聞こえていなかった。
ちなみに僕は交響曲はそれほど好きではなく、ピアノソナタか、リスト編のピアノ版を聴くことが多い。
ウィーンの中心近く、ベートーヴェンのお気に入りの住まいだったという、パスクヴァラティ・ハウス。
5ペダル。
・・・読めない。
部屋からウィーン大学が見える。
ウィーン大学。
数多くの偉人を輩出した。
あのゲーデルも、ここで教鞭をとった。
モーツァルト。
35歳、ウィーンにて没。
ハイドン。
アドルフ・ヒトラーも、オーストリア出身。
ヒトラーとウィトゲンシュタインは同じ高校に通っていて、この2人が一緒におさまっている集合写真があるという。
すごい国だな。
シュワルツェネッガーも、オーストリア出身。
それと関係があるのかどうかわからないが、男も女もマッチョ志向の人が多い。
露出度も高い。
Wien, Austriaにて
Dst. 17314km
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