2014年6月5日木曜日

プノンペン 3

トゥール・スレン虐殺博物館。


市街中心から徒歩圏内。
入場料$2。

ポル・ポト政権時の政治犯収容所。
当時はコード名で「S21」と呼ばれていた。

革命が成功したのに飢餓が進むのは反革命分子がいるからに違いないという被害妄想がクメール・ルージュに広まり、さらに1976年の毛沢東の死によって中国からの援助が止まるかもしれないという危機感から、反革命分子の詮索に躍起になっていた。

反革命分子とみなされた者はここに収容されて拷問を受け、その後キリングフィールドに連行されて殺された。
計2万人が収容され、生還者はわずか8人。

1979年、ベトナム軍の侵攻によってポル・ポト政権は追放されたわけだが、この収容所もベトナム軍によって初めて白日の下にさらされた。

発見時、ここに残されていた14の遺体が、この白い墓石に眠っている。




もともとこの建物は学校であったが、その教室は拷問部屋へと変わっていた。
拷問部屋のベッドには遺体が放置されており、壁にかけられている写真はその時ベトナム軍が撮影したもの。


独房。










実際に使われた拷問器具。
















番号札のない者は、看守と見られる。


子供看守。
誇らしげで、笑顔を見せている者もいる。
ここで拷問、惨殺をおこなったのも、かれらなのか。
しかし、S21の秘密漏洩防止のため、看守も7割が殺されたという。









千羽鶴は日本の小学生からの贈り物のようだ。


顔にバツ印を書かれたポル・ポト像。






よくわからないが、沖縄とのコラボで展示をしていた。


日本の学生が描いた絵。


色彩豊かで、隅々までギッシリ描かれている。





カンボジアの学生が描いた絵。


色彩感が乏しく、空白が多い。







またスコール。




都市から農村への強制移動中の写真。


2012年、S21の所長であったドッチ(70歳)に終身刑が言い渡された。


Phnom Penh, Cambodia



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