2011年12月18日日曜日

さらば南半球

今日、ウガンダに入国した。
以下、ケニアの残り。

手作り感あふれる赤道モニュメント(標高2600m)。


ナイロビとその周辺はちょっと特別なエリアだったのか、ナイロビから離れるにつれて、またディープなプリミティブワールドが復活してきた。
常時「ムズングー!」「ハワユ!」「ギブミー!」「チャイニーズ!」とよく吠える。
英語通じない人も増えてきた。
掘立て小屋も出てきた。
停電もある。
夜中に無意味にクラクションを鳴らし続けて何度も起こされる。
これでこそアフリカだ。















でも、街はやはり物が豊富。




昨日、走行中にインド人に声をかけられ、家に招待されて泊めさせてもらった。
彼、ペリーはケニア生まれのインド人で、彼の両親もケニア生まれで、インドには一度も行ったことがなく、話す言葉は英語とスワヒリ語。
だから自分はケニア人、という意識を持っているようだが、やはり黒人とは違い、話した瞬間から育ちの良さと生活水準の高さを僕は感じていた。

家に行ってみると、やはりアフリカの水準からすれば豪邸ともいえる家で、使用人1人(黒人)と警備員1人(黒人)を雇っていた。
奥さんはインド生まれ。
夕食は、インド料理か、アフリカ料理か、どっち?
と思っていたら、パスタだった。
でもすごくうまかった。



ペリーも自転車好きで、以前は、わざわざ南アフリカまで行って買ってきたフルカーボンのロードバイクを所有していて、レースにもよく出場していたらしい。

ペリーは酒が好きなようで、夜、バーに連れて行かれた。
彼の仕事仲間のフィリピン人も来た。

バーでは、バンド演奏に合わせて、黒人たちが踊っていた。
僕はまたしてもその光景に心を奪われてしまった。
なんて生き生きと、なんて楽しそうに踊るのだろう!
体の動き、リズム感、躍動感、笑顔、かけ声。
ダンサーでもミュージシャンでもなく、素人が自然に音楽に合わせて踊っているだけで、こんなにも人を惹きつける。
黒人のこういう天然の能力は世界屈指だろう。

インド人とフィリピン人と日本人の3人は、座ってみつめて笑うばかりだった。
ちなみにバンドは、歌はうまかったが演奏はからっきしダメだった。

ペリーの飲酒運転で、家へ戻った。
アフリカの運転は、助手席の目線から見ても怖かった。
夜は街灯も信号もなく、闇の中をガンガン攻める。
追い越しは、日本では絶対に考えられないタイミングでも仕掛ける。
対向車はすぐそこまで来ている。
ここでクラクション鳴らすだろう、というところで、ここの人は鳴らさない。
どうでもいい、よくわからない時にブーブー鳴らす。

運転は怖かったが、ペリーは底抜けにやさしかった。
常に僕を気づかい、笑顔で話しかけてくれた。
「何泊でもしてくれ」「また来てくれ」と言ってくれた。




Tororo, Ugandaにて

Dst. 9767km






2 件のコメント:

  1. ウガンダ入国!いい旅してるようで何よりです。日焼けが半端ないっすね(笑)。クリスマス休暇前にエチオピアビザ申請できるといいですね。では。

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  2. おじゃまします!
    ウガンダ走行は短いですが、存分に楽しもうと思います。
    まさか、大使館はクリスマスや年末年始は稼働していないのでしょうか?

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