昨日、無事スーダンを出国して、エジプトに入国した。
出航の日の朝、オーストリアのおじいさんサイクリストのテオに、「オフィスで手続きをすませたか?」と聞かれた。
なんのことかわからなかったので聞いてみると、またわけのわからないオフィスに行って手続きして、紙にスタンプしてもらって、その紙を持って行かないと、入港できないらしい。
やれやれ、だ。
すぐにそのオフィスに行ったが、またわざとらしく30分ぐらい待たされた。
パスポートとチケットを見せて、どうでもよさそうな1枚の紙にスタンプする。
これだけのことに、かれらは最低でも30分は客を待たせないと気がすまないのだ。
ちなみにワディハルファの街から港まで4kmほどあり、何も知らずに港に行って突き帰されて、また4km戻るはめになる人も多いのではないだろうか。
テオじいさんとともに港に向かう。
ナセル湖は、エジプトのアスワンハイダムがナイル川をせき止めてできた人造湖。
当時のエジプト大統領の名が付けられた。
フェリーはこの湖を縦断する。
軍の管轄らしく、陸路ルートは制限されている。
車でアフリカ一周中のフランス人スペイン人カップル、フランソワとアデラも来た。
かれらは車を積むのにUS$1000も払ったらしい。
車やバイクは、乗客船とは別の貨物船に乗せられ、何日後に着くかわからないらしい。
僕は「1000ドルもとるなんてクレイジーだね」と言った。
でも、考えてみたら、僕は成田からケープタウンまで自転車と荷物を積むのに、シンガポール航空に8万円(=US$1000)払わされた。
シンガポール航空の方がクレイジーだ。
16時出航。
乗客で非アフリカンの外国人は、テオ、フランソワ、アデラ、僕、の4人だけだった。
僕たちは協力しあい、情報交換しあい、結束を強めた。
アデラ(女)は非常に社交的というか、コミュニケーション力のすごい人で、誰それかまわず話しかけ、またたく間にフェリーの中でネットワークを広げていった。
とにかくよくしゃべる人だ。
アデラとフランソワは、ふだんから英語とスペイン語とフランス語のミックスで会話しているらしい。
航行中、アブシンベル神殿が見えるらしい、と聞いていた。
アブシンベル神殿は、ダム建設時に水没の危機に陥り、1960年代に大規模な移転がおこなわれ、現在の位置に移された。
アブシンベルだけでなく、他の遺跡や、ヌビア人(古代クシュ王国の子孫)も、その時に移動を余儀なくされた。
僕も少しでも役に立とうと、アブシンベルが見えたらすぐにアデラたちに知らせるため、ちょくちょくデッキでチェックしていた。
しかし、アブシンベルが現れたのは19時、すっかり日は沈んで暗くなっていた。
ライトアップされて見ることはできたが、遠すぎて暗すぎて、写真は撮れなかった。
特に感動もなかった。
とりあえず、アブシンベルを見た、という事実だけつくった。
リビア人。
デッキでマットを敷いて寝袋で寝るつもりだったが、あまりにも寒すぎて無理だった。
2等船室は男部屋と女部屋にわかれており、男部屋はスペースがまったくなかった。
アデラは、僕たち男3人を女部屋に寝させてくれた。
男でも、夫婦や家族連れなら、女部屋で寝てもよさそうな感じだった。
アデラは、「なにか言われたら、私、夫が3人いると答えるから。」と言った。
男3人が雑魚寝している姿を、アデラは写真に撮った。
ただ、室内は明るかったからフラッシュは必要なかったのに、アデラはフラッシュをたいてしまった。
すると、後ろにいた老婆がギャーギャー騒ぎ始めた。
他の女性客もザワザワし始めた。
「あなたたちを撮ったんじゃないよ。夫(husbandsと複数形で言った)を撮っただけだよ。」
と言っても英語が通じない。
撮った写真を老婆に見せて、ようやく騒ぎはおさまった。
朝8時半、エジプトのアスワン港に着いた。
しかし案の定、なかなか外に出れない。
テオが言うには、最低でも3時間、長い時で5時間は船外に出れないらしい。
船内でエジプトビザが発給された。
その辺のムスリムと同じ格好をしたおっさんが「ビザ代US$15(または95エジプトポンド)払え」と言ってくるから怖い。
お金を渡して、そのまま船外に逃げられたらアウトだ。
でもまあ、なんとか無事にビザをもらえた。
だた、ビザには滞在期限が書かれていなかったので聞いてみたら、
「あー、2週間か、3週間ぐらい。」と言われた。
なんだ、この国?
アデラとフランソワは、USドルで払おうとしたらお釣りがないと言われたので、手持ちのスーダンポンドをエジプトポンドに船内で両替しようとした。
もちろんできるだけいいレートで両替するため、交渉を繰り返す。
フランス語を話す西アフリカの人が仲介に入った。
かれらは時に英語で、時にフランス語で、ふたりだけで話す時はスペイン語で、と自由自在に言語を操っていた。
英語でさえ上手に交渉できるかどうか怪しい僕には、ふたりはとてもかっこよく見えた。
困難も多かったが、仲間ができて楽しい船旅であった。
Aswan, Egyptにて