2013年10月15日火曜日

ルプシュ 2

出発。


・・・なんだよもうー。
行きづらいじゃんか。
悪いけどおまえの主人にはなってやれないよ。

ムニッシュの病状は思っていたよりもヘビーだったようで、昨晩は熱を出してずっと寝込んでいた。
そんな体調じゃ走行は無理だろうから、なんとか車に乗せてもらおうと、探してみたのだが、見つからず、結局自転車で出発することに。
「なに、途中で通る車をヒッチすればいいさ。」
と本人は呑気なもの。

しばらくは、来た時と同じ道を戻る。




















この辺の道はとてもわかりづらい。
ひどい未舗装で、たまに分岐があるのだが標識などなく、時に道が消失してしまうこともある。
来た時は道を間違えたので、忠実に同じ道を戻ればいいというものでもない。





ここで、ムニッシュと僕とで意見が分かれた。
ムニッシュは、とにかく自分の(半ば当てずっぽうの)方向感覚だけを頼りに、川があろうが何があろうが、その方向へ突き進もうとする。
僕は、方角と地形を見て、車が通った痕跡が少しでも色濃い方を選ぶ。
たしかに僕らはこの川を渡ってきたが、それは間違えた道を修正してのことであって、メインロードでこんな広い川を渡るわけがない。

「ムニッシュ、こっちじゃないよ。戻ってさっきの分岐を右に曲がろう。きっとメインロードにつながる。」

「おい、どこ行くんだよ。こっちが近道だろ。オレたちはあっちの方向から来たんだから、あっちに行かなきゃ。戻ってどうすんだよ。おい、待てって。」

こうして僕らは違う道を歩んだ。
僕はまもなくメインロードにつながり、悪路ながらも着実に進み、標識が立っているところまで来て、ムニッシュを待つことにした。
そこはちょっとした高台になっていて、ムニッシュがムダに何度も川を渡ったり、道なき砂の大地を押し歩いている姿がよく見えたので、しばらくクールに傍観した。



















2日前は天気が崩れてよく見えなかったキャガル・ツォも、今日は輝いて見える。






岸に塩がたまっているのもはっきり確認できる。














ブルーシープ。


とりあえずは、来た時にも越えたナムシャン・ラ(標高4800m)までが勝負。
遅くとも日没の1時間前までには峠に到達しておかないと、また夜間走行するハメになる。
僕は十分な水と食料を積んでいるからどこでも野宿できるが、ムニッシュは調理器具も持っておらず、駄菓子程度の食料しか積んでいない。
彼は昨日から何も口にしていない。
できればビバーク(緊急野営)は避けて、今日はなんとか日没前に村に到着したい。
そのためには、僕がリードしてペースを調整しなければならない。
しかしこやつは病気の身、あまりシビアにケツをひっぱたいても体に酷だから、うまいことアメとムチを使い分けて引っぱってやらなければならない。

ムニッシュは極度のオプティミスト。
行きは、僕がメーターを見て「目的地まであと10km以上ある」と言ってるのに「いや、そんなにないだろ、せいぜいあと4kmってとこだ」と憶測したり、明らかに雨雲が迫ってきているのに「心配するな、ここは乾燥地帯だから雨は降らない」と断言したり(実際にはその後雪が降った)。
今は、湖の先は登りに決まってるのに「心配するな、あの湖を越えたらあとは下るだけだ」とバカなことを言ったり、これから本格的に登り始めるというのに「オレたちもう峠を越えたんじゃないか」とアホなこと言ったり。

ハッピーインディアン。

てゆーか、2日前に同じ道を通ったのに、なんでおぼえてないんだよ!?

こんな彼の寝言をいちいち真に受けてのんびりしていたらあっという間に日が沈んでしまう。
当初のヒッチハイク計画も、車が全然通らないのでダメっぽい。







16時頃、なんとか峠に到達。

と同時に、ドイツ人サイクリスト現る。


彼、ニコラスは、トルコからスタートして、イラン、インド、その後パキスタンへ向かう。

きれいな英語。
高い知性、教養、礼儀、マナー、他人に対する細かな気配り。
やっぱユーロピアンは優秀だなー。
日曜日も働いてくれたら、言うことなしだよ。

彼の出現によって、僕とムニッシュとの間の若干ギスギスした空気に、さわやかな風が吹きこまれた。



一気に下り、分岐が現れ、ムニッシュはレー方面へ、僕とニコラスはマナリ方面へ。
というわけで、ムニッシュとはここでお別れ。



この辺は、温泉が湧くようだ。
雪のように見えるこの白い結晶は、温泉の成分。
軽くなめてみたら、少しだけしょっぱかった。

















標高4300m、村に着いたが、売店もレストランも宿も見当たらず、学校だけがあった。
すでに日は沈んでいたが、校内には人の気配があった。
ものはためし、校内に泊めてもらえないかと頼んでみた。
高学年の生徒が上手な英語で、「先生を呼んでくるのでちょっと待って下さい。」としっかりした応対をしてくれた。
先生は快くOKしてくれた。

ここは日本でいう全寮制みたいなものだろうか。
生徒も教師も全員、ここで寝食をともにして生活しているようだ。

とりあえず、もう暗いし疲れたし腹減ったので、ニコラスと一緒に自炊して、食って、すぐ寝た。


翌朝。
この日は日曜日で授業はなく、生徒たちが校内を案内してくれた。
高学年の生徒が上手な英語で、丁寧に客としてもてなしてくれた。







2004年にできた学校で、意外にモダン。
PCルームだってある。




ソーラーでお湯が出る。


水は井戸水。
ラダックは乾燥地帯だが、どの村にも井戸があり、川もけっこう流れているし、意外に水に困ることはない。











話しかけてくるのは男の子ばかりで、女の子はあいさつだけしてすぐ逃げてしまう。





今まで見てきたラダック人よりも、さらに東洋寄りの顔つき、見方によっては日本人にそっくりとも言える子たちだった。
外見だけでなく性格も、シャイで初対面の人とは馴れ馴れしくせず一歩引くところ、客を丁重にもてなすところ、年功序列、など日本人とそっくりな点を発見して、親近感が湧いた。


Manali, India



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