以下、タンザニアの残り。
メルー山。
アルーシャの先は、マサイワールドだった。
広大な牧草地帯で家畜を追うマサイ族の姿があった。
より本来的なかれらの生活にふれることができた気がした。
マサイウーマン。
チビッコマサイ。
スティックを持っていないとどうもしっくりこない。
でもこんなの持ってる。
マントもらっちゃった。
猛獣を寄せつけないために派手な服を着ているそうで、特にライオンは赤を怖がるらしい。
やはり僕はマサイ族が好きだ。
見ていて飽きない美しさがある。
ずっと写真を撮りたい衝動に駆られていたが、失礼にならぬよう、最小限にとどめた。
できるだけ自然な姿を撮りたかったが、直立不動で硬直しているか、後ろから隠し撮りか、のどちらかになってしまった。
一口にマサイ族といっても、いろいろな人がいるが、概してかれらは寡黙でクールだ。
といっても決して近寄りがたいわけではなく、こちらから話しかけるとやさしく受け入れてくれる。
しかし、身なりは美しくても、生活は極貧のようだ。
このエリアでは、すれ違うたびに、今にもへし折れそうな細い腕をさし出して、水か食べ物をくれ、とせがまれた。
ここ以外の地域では、マサイ族以外の黒人から、相変わらずムズングー攻撃やチナ攻撃を受け続けていた。
子供たちは、僕に向かってめちゃくちゃな英語を叫ぶ。
「ホワット・イズ・マイ・ネイム!」(私の名前は何ですか!)
「ギブ・ミー・マイ・マネー!」(私のお金を私にください!)
「グッバワユ!」(グッバイとハウアーユーが融合している)
(夕方なのに)「グッモーニン・ティーチャー!」
タンザニアに限らず他の国でもそうだが、子供たちは異常なまでに臆病だ(おそらく大人も)。
かれらは、僕との距離を一定に保っているからこそ、調子に乗って大声ではやし立てているが、いざ僕が自転車をとめて近づこうとすると、本気で怖がってワーっと一目散に逃げていく。
好奇心と恐怖心が半々なのだ。
僕はあの手この手で子供たちを手なづける。
カメラを向けただけで逃げ出す子もいれば、手で頭を覆って地面に伏せる子もいる。
撮った写真や動画を見せようと、ディスプレイをかれらの方に向けると、それだけでまた逃げ出す。
年長の子から、少しずつカメラに興味をもって近づいてきて、ディスプレイに自分の姿があるのがわかると、指をさしてキャーっと叫んで笑い出す。
すると年少の子も恐る恐る近づいてきて、やがて皆で夢中になってディスプレイを見て、狂喜乱舞する。
ようやく警戒心がとけたかなと思っても、僕が一歩前に踏み出しただけで、全員ビクっと反応する。
いくらなんでも怖がりすぎでしょう。
もともと臆病な性質の上に、歴史的に「ムズングーは恐るべきもの」と学んでいるのかもしれない。
わざと怖がらせて、追いかけまわして遊ぶこともある。
子供をつかまえた時、その腕の細さにまた驚く。
ちょっとひねったらポキっといってしまうんじゃないかという細さだ。
寿命の短さを確信させる。
タンザニアでは、子供のみならず大人までも、ひとりの外国人が現れただけで過剰に反応し、はやし立てる。
かれらはあいさつしているつもりなのかもしれないが、僕の耳には奇声を発しているようにしか聞こえなかったり、挑発しているかのように聞こえることもある。
英語が通じない分、僕もわけがわからずに、呆然とかれらをみつめ続けてしまうことがある。
マラウイでは子供の数の多さと大絶叫に驚かされたが、タンザニアではより原始的な反応に言葉を失った。
Nairobi, Kenyaにて
Dst. 9298km