2016年11月14日月曜日

快適出張生活













5日ほど、他の工事業者の都合で敷地内全域が停電した。
風車のナセルは地上80m。
いつもはエレベーターで上がるのだが、停電中ははしごで登る。
ナセルの上までたどり着いたら、休憩しがてら絶景に耽る。



風車の仕事はまだまだ一人前とはいかないまでも、だいぶ慣れてきた。
仕事は楽しいし、金は貯まるし、ホテル暮らしは快適だし、東京に帰りたくありません。



敷地内にはイノシシやウサギなどがいる。
日本で野生のイノシシやウサギを見るのは初めてだ。
あと、ネコもよく見る。
捨てられて野生化したのかな。



滞在しているホテルの部屋から。


今回はこいつを持ってきた!


アンプは持ってきてないので騒音にはなってないはずです。



いまだWi-Fiの浸透が遅れている日本。
ここのホテルはLANケーブルを貸し出してくれて、有線でPCにネット接続することができる。
これでは不便なので、今回はWi-Fiルータを買った。
LANケーブルをこれに接続して無線に変換して、タブレットもスマホも室内でWi-Fiを使えるようにした。







社長が救援物資を送ってくれるおかげで、食生活も充実。











2016年10月22日土曜日

明日からまた

しばらく伊豆の果てでぶら下がってきます。















2016年9月18日日曜日

伊豆出張

8月末から9月末にかけて、もともと北海道の予定だったが伊豆に変更になった。

伊豆半島最南端、石廊崎。






強風でも雨天でも、作業はできない。
そもそも風車は風が強い場所に建てられている上、台風の季節なので、全然仕事が進まない。

自転車も乗っていないので、運動不足。
だいぶ太ったっぽいし、ニキビまでできた。

強風の日、西伊豆をドライブ。


21歳の時だったかな、自転車で伊豆半島を一周した。
その時通った道のはずだが、さすがにあまり記憶に残っていない。



伊豆は東より西の方が良かったというのはおぼえてる。



天気が良くて仕事ができた日は、やはり最高の眺め。
点検、補修している間は風車のブレードにへばりついているのだが、ブレードの先端から地面に着地するまではロープで宙ぶらりんになって下降していく、この瞬間がたまらなく好きだ。
ヘルメットにGoProでも付けてこの眺めを動画で撮りたいぐらいだ。

一度、作業中に日が暮れてしまったことがあった。
ブレードから手を離したら、真っ暗闇の中で宙ぶらりんになり、上を見上げると星々が輝いていた。

古いビジネス旅館みたいな宿に滞在。


十畳一間を悠々と独占。
シェアハウスの穴ぐらの何倍の広さだろうか。
大の字になって寝れるし、他に宿泊客も少ない。

別の風車現場でトラブルがあったとのことで、急遽2泊3日、愛知県田原市まで行ってきた。


こっちはこぎれいなビジネスホテル。


また石廊崎に戻ってきたが、しばらく雨天のようだ。
今日は休み。

ジミヘンの命日。
ちょっと大きめのボリュームでジミヘンを聴く。
ストラト弾きたい。



2016年8月22日月曜日

六度目の手術

手術後ははっきり見えるようになるどころか、日に日に白く曇って見えにくくなっていった。

後発白内障。
白内障の手術を受けた後に白内障になるという、ふざけた病気。

前回の白内障手術では、曇ってしまった水晶体をきれいな人工水晶体に交換したわけだが、術後しばらくして水晶体を包んでいる膜が曇り始める、それが後発白内障。
一般に白内障は高齢者がなるものだが、新陳代謝の活発な若者が白内障手術を受けると、水晶体を包む膜で細胞が増殖して、後発白内障になりやすい(つまり僕は若い!)。

そんなわけで、六度目の手術。
手術といっても大げさなものではなく、レーザーで膜に穴を開けて曇りを飛ばすだけの、5分ほどの治療。
今までの手術のように眼球を直接傷つけるわけではないので、術後は特に制限もなく日常生活を送れる。

翌朝、曇りが取れて晴れ上がった。
曇りが取れたということは、白内障も後発白内障も治ったということだ。
でも改めて見てみると、視力自体がだいぶ落ちてしまったようで、はっきりとは見えない。

明らかに4月の手術以前の時の方が、よく見えていた。
4月の手術で歪みは改善された(完璧ではなくまだ少し歪んでいるが、さほど気にならない)。

白内障手術で遠くが見えるように設定したはずなのに、逆に遠くがぼやけて近くがよく見える。 
医者に聞いてみると、「白内障手術は焦点のバランスが重要で、手術にミスがあったわけではない、過去に硝子体手術を受けていること、そしてレーシック経験者であることを考慮すると、これで満点、以前のような視力は望めない」という。

左目は1.5あるので、ひどいガチャ目になってしまった。
でも治療はこれで終了、これからはこの見え方に慣れるしかない。

そもそも最初の網膜剥離が旅先で発症していたら、とっくに失明していたかもしれない。
時間と費用はかかったけど、時間と費用をかければ何とかなってしまうのだから、ここはやはり恵まれた国だ。
安全に自転車に乗れて、美しいものを美しく見ることができれば、それでヨシとする。



2016年8月13日土曜日

北海道出張

写真:

15年前に走ったオロロンライン。
多くの旅人がここを通って宗谷岬をめざす、日本一周のハイライトともいえる道。
あの時は家から1ヶ月以上かけて来たけど、今回は半日で到着。
海辺の巨大建築物群にへばりつく仕事でやってきた。

写真:

1年前の岩手の出張と同様、風車のメンテナンス。
風車のてっぺんからロープをたらして、ブレードの点検をしたり補修をしたりする。

そこからの眺めはまるで何かのアトラクション。
そそり立つ無数の風車、青い空、澄んだ風、広大な静寂。
こんな稀有な仕事をさせてもらうのは実に幸運。
写真のアップが禁止されているのが実に残念。

移動日を含めて9日間。
15年ぶりの北海道、何して遊ぼうかと旅気分を隠しきれなかったが、現実には仕事が大変すぎてほぼ何もできなかった。
朝6時にホテルを出て夜8時ぐらいに戻ってくると、もう寝るしかない。
それでも早く帰れた日もあり、徒歩で岬まで行ってしばし黄昏れた。

写真:

写真:

写真:

写真:

日中23~25℃、夜は20℃以下。
東京より10℃ぐらい低い。
でも仕事中はけっこう暑い。

食事はほぼコンビニだったが、15年前に食べたうに丼をもう一度食べずにはいられなかった。
写真:

うに丼2700円、刺身定食1300円。
出張手当もらうからへーき。
北海道のウニは甘みがあってとろける。
東京で食べるウニとはまったく別物、まさに絶品。

写真:

写真:

写真:

15年前は、ちょうどペルセウス座流星群の時期に宗谷岬に到着。
屋根のない草原で野宿し、降り注ぐ星を浴びながら寝たのを強烈におぼえている。
今回は出張の最終日、深夜0時から明け方にかけてが流星群の見ごろとのこと。
見たい、、、しかし、、、どうしようもなく眠い、、、
天気予報を見たらくもりマークになっていたので、あっさりあきらめて寝てしまった。

今日、暑い暑い東京に帰ってきました。
来月また行きます。



2016年7月26日火曜日

五度目の手術

前回の手術はそれ自体は成功したのだが、白内障になってしまった。
よくわからないが、硝子体手術を受けると、同時に白内障が発症してしまうケースがあるらしい。

網膜は眼球内部の奥底、カメラで例えるならフィルム。
前回までの硝子体手術は管を奥深くまで刺してフィルムを修復する緊張感の高いものだった。

白内障は眼球の比較的表面、カメラでいうレンズが白く濁ってしまう病気。
濁った水晶体を除去して人工の水晶体を注入する手術で、高齢になると多くの人が受ける一般性が高いもの。

ただし、僕は過去にレーシックを受けている。
レーシック経験者はレーザーによって角膜の形が変えられているので、人工レンズをつくる計算式が合わず、視力が完全に回復する保証はないらしい。

また、人間の眼は、自分の意志で遠くにピントを合わせたり近くにピントを合わせたりすることができるが、人工レンズはそれができない。
事前に遠くが見えるレンズか近くが見えるレンズかを選ぶ。

僕は迷わず遠くを選んだ。
メガネやコンタクトを使いたくないからレーシックを受けたわけだし、この年齢だとまもなく老眼が始まるから、どうせ近くのものは見えなくなる。
何よりも、世界の風景をはっきりと見たい。

そんなわけで今日、白内障手術を受けてきた。

日帰り入院。
朝9時に入院して、夕方5時に退院。
手術はわずか10分ほどで、それ以外の時間は休んでいていいという。

ちゃんとした個室とまともなベッドが与えられた。
ここぞとばかりに深い深い眠りに落ちた。
午後の手術の呼び出し時に看護婦さんに叩き起こされ、夕方の退院時にも看護婦さんに叩き起こされた。
まだ帰りたくないよ、ここに泊めておくれー。

まだ何も見えない。
今、右眼の視力は0.0000001ぐらい。
これから少しずつ見えるようになるらしい。

点眼薬と飲み薬をたくさんもらい、外出時は保護メガネ着用。
例によって洗髪洗顔は今後1週間禁止。
前回までは術後しばらくは充血しまくって涙がたくさん出てまぶしくてまともに眼を開けられなかったが、今回はまったく平気だ。 

休んだのは今日だけで、明日から仕事。



2016年6月27日月曜日

1万km

帰国して約1年5ヶ月、国内走行1万kmに到達した。





全然こぎ足りない。
早く大陸を走りたい。
こぎ倒してやりたい。