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2012年1月11日水曜日

食と街

最近は少しずつアラビア語で注文できるようになってきたが、最初はわけがわからず、「なんでもいいからfoodをくれ!」と英語とジェスチャーで伝えた。
すると
「OK」と言ってこんな豆料理が出される。


味はとてもおいしいが、豆とパンだけじゃパワーが出ない。
しかし後に、この豆料理が
「フール」という名前であることがわかった。
僕が
「food! food!」と連発したので、フールを欲しがっていると思われてしまったのだ。
「meal」なんて言っても通じないだろうから、あえて簡単な「food」という単語を選んだのに。
本当に英語通じないんだなと痛感させられた。
英語圏で
「フール!フール!」なんて言ったらケンカになる。
ちなみにこのフールは最も代表的なおかずで、野菜や卵やコロッケなどのトッピングもできる。



パンはアエーシといって、これが主食。
このアエーシ、初めて食べた時はなんとも思わなかったが、だんだんクセになってきて、店ごとの味や食感を楽しむようになった。
メキシコのトルティーヤや、マラウイのシマなども、同じようなハマり方をした。

やや大きめのレストランだと、基本的な英単語を多少は知っている店員がいたりするので、肉も注文できる。

レバーとアエーシ。


ヤギとフールとアエーシ。


魚はもちろんナイル川でとれたもので、味は申し分なくうまいが、小骨が多すぎて苦戦する。


野菜を過熱する習慣がないのか、野菜はいつも生。
 

「左手は不浄の手なので右手だけを使うように」と聞いていたが、現地人の食べ方を見ていると、 左手は絶対使わないというわけではなさそうだ。

だいたい1食10ポンド(280円)前後。

スイーツもある。

なんだかよくわからないが、砂糖の塊のような感じ。

道端で、サラビアというドーナツを揚げている。


砂糖をたっぷりまぶしてくれるので、甘党にはいい。

これもサラビア。


100%ジュースにも砂糖をたっぷり入れてくれる。


ジュースを撮ったら
「オレも撮れ」とポーズをとる。


なんだかよくわからないローカルジュース。




ミックスしてみた。

なんのジュースなのか聞いても、何を言っているのかわからない。
でも甘くて冷たくておいしかった。

ホットミルクにも砂糖を入れてくれる。

ただ、これはおそらくヤギの乳そのもので、思いっきりヤギくさくて、ドロドロしていた。

どこの街でもそこらじゅうに道端カフェがあり、ヒマさえあれば紅茶やコーヒーを飲む。

場所によって、つくる人によって、だいぶ味が違う。

シャーイ(紅茶)は、頼めばミルクを入れてくれることがわかった。

僕はもともとコーヒー派だが、ここでは全般的に紅茶の方がおいしい。

コーヒーは、味は個性的でいいが、濃厚すぎてドロドロしている。


街のあちこちでお香が焚かれていて、いい香りがする。


水は皆で共有されるもの。
街のいたるところにこういうカメが置かれており、誰でも自由に、置いてあるコップですくって飲む。

中身は水道水、またはナイル川の水。
皆で共有するのだから僕も飲むが、今のところガブ飲みする勇気はない。
夏だったらガブ飲みしちゃうかも。


レストランでも、僕のテーブルに置いてある水とコップを、他の人が当たり前のように飲んでいく。

ヤギ(?)の皮に水をためているところもあった。


街の風景。










街を歩いていると、しょっちゅう
「サディーガ!」と言われる。
意味は
「my friend」だそうだ。
人に話しかける時は
「サラームアレイコム」と言ってあいさつする。
すると相手は
「ワアレイコムッサラーム」と返事して握手してくれる。
ハルツーム以外の街では外国人旅行者も中国人もほとんど見ないが、人々は僕を警戒する様子もなく、快く迎え入れてくれる。

街を撮っていると、
「オレも撮れ」とポーズをとる。










なんか、男ばっか。

ロカンダと呼ばれる安宿。




相場は10ポンド(280円)。

ここはなんと5ポンド(140円)。


客は男ばかり。
ルームメイトたちは、ゴミはそのまま床に落とし、ツバも平気で床に吐く。















スーダンポンド。




ワディハルハで、たくさんの旅人と出会った。
フランスから南アへ向かうサイクリスト夫婦や、なぜかスーダンだけをサイクリングしに来たオーストリアのおじいさん。
驚かされたのはオーストラリアの女性ライダーで、オーストラリアから出発して、アジアと中東を横断し、これからアフリカを一周するらしい。
彼女は若くて、小柄で、かなりかわいいといえる部類の女性だと思うが、なんとイラクやシリアを通ってきたらしい。
一番お気に入りの国はパキスタンだと言っていた。
こういう人と出会うと、僕の今後のルートにも影響を及ぼす。
イラクって通れるのか?


Wadi Halfa, Sudanにて



2012年1月9日月曜日

引き続きバス旅

チャイニーズバスの次はコリアンバス。




移動中は時々検問があって、その度にバスが止まる。
警察がバスの中に乗り込んできて、僕(外国人は僕ひとりだけ)にパスポートの提示を求めることもあった。
一度だけ、「旅行許可書(1月3日の記事の4.を参照)を見せろ」と言われたが、知らぬ存ぜぬで押し通した。

ヌビア砂漠。




休憩タイム。

男性は基本、座りション。
女性は目的地にたどり着くまで我慢。

大きな街でチケットを買ってバスに乗るのはさほど難しくないが、中途半端なところでバスをつかまえるのはよくわからなくて難しい。
運良く英語を話せる人をつかまえることができ、助けてもらった。
 
彼、アッタはていねいに手助けしてくれた上、なんとバス代まで払ってくれた。


バルカル山のピラミッド。






次はジャパニーズバス。






これはきつかった。
15人乗ってぎゅうぎゅう詰めで、身動きとれなかった。
乗客は男性のみ。
荷物代を別料金でとられた。



そうそう、街で宿泊する際は、まず警察に行って手続きし、「宿泊許可書」をもらわなければ宿泊できない、と以前ネットで読んだことがあったのを忘れていた。
今回の僕のルートでは、ドンゴラという街でのみ、この宿泊許可書が求められた。
見るからにいいかげんそうな安宿でも、これがないと頑として泊めてくれない。
そこでまた、
運良く英語を話せる人をつかまえて、助けてもらった。
ナセル。


警察署は、自力じゃ絶対みつけられないような、わかりにくい場所にあった。
その時は夜8時すぎで、正門は閉まっていて裏口しか開いておらず、この裏口がまたわかりにく
いのだが、ナセルはそれも知っており、警察官とも顔見知りのようで、スムーズに手続きをすますことができた。

翌日は、ほぼ1日ナセルとともにすごした。
彼はこの街で店を2軒経営しており、店番は他の人にまかせているので、時間とお金に余裕があるようだった。


この日の食事は、ほとんどナセルがごちそうしてくれた。
彼は食事はいつも何人分か用意し、その辺の人に「食っていけ」と声をかけていた。


またハイエース。


こういうミニバスは満員にならないと発車しないので、朝9時発のはずが実際の出発は午後になることもある。
でも、待っている間は誰かしら話かけてきて、アラビア語を教えてくれたりするので、退屈はしない。

時間のルーズさはブラックアフリカ以上で、約束は絶対に守られない。





砂漠のレストラン。




 

エジプト国境までの道路が完全舗装されたのはここ1、2年のことらしい。






南部を失った今、国土のほとんどが砂漠だが、やはりナイル川沿いだけは緑豊かで、人が住んでいる。

  
 



 


  
 









ハルツームで出会ったフランス人(左)とスペイン人(右)のカップルと再会した。

 

http://atlasinafrica.com/
 

もうすぐ車でアフリカを一周し終える。
僕と同じくこれからフェリーに乗るのだが、車やバイクを積むのがまた大変だそうで、エージェントを雇わないと、自力で手続きするのは不可能に近いらしい。
自転車は問題ないそうだが、なんだか安心できない。










現在、国境の街ワディハルファ。
結局、ほとんどの行程をバスですませてしまった。
水曜のフェリーを逃すわけにはいかない、何があるかわからないから余裕をもって1、2日前に着いておきたい、という不安に駆られて、大事をとった。
だいぶはしょってしまった感があるが、「仕方ない、こういうこともある」と自分に言い聞かせる。

街で唯一のネットカフェがスーパースローで、かつたびたび断線する。
この記事は2日かけてようやくアップできた。
まだスーダンの写真があって、アップしたいのだが、明日できるかどうか?

明日、フェリーでエジプトに渡る。
航行は16~18時間。
チケットは2等104ポンド(2912円)で、乗る時に荷物
代(25ポンド前後)を別に取られる。
出発時間を聞いたら、
「うーん、2時ぐらい。」と言われた。
絶対2時には出発しないと思う。


Wadi Halfa, Sudanにて



(注)この記事はアップしたのは1月10日ですが、書き始めたのが1月9日だったので、日付は1月9日になってしまいました。