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2012年8月24日金曜日

スコピエ

また暑くなった。















マケドニアに入国。


入国してまもなく、首都スコピエに入国。

また一段とエントロピーが上昇した。
特に市場周辺はカオス的で、茶系の肌の人が多く、ヨーロッパに見えない。

旧ユーゴの紛争は21世紀にまでもつれこんだ。
その最終局面がマケドニア。
人口の64%がマケドニア人、25%がアルバニア人。
このアルバニア人が、コソボに触発されて、アルバニアの人権拡大を求めて政府と衝突した。
21世紀に入ってまでこんなことをしていたわけだから、当然、経済発展から大きく取り残された。

どこの国にも物乞いやストリートチルドレンはいるが、若い男性から親しげに話しかけられて、「ワンダラーくれ」と言われてびっくりした。
ヨーロッパに入ってから、こんなことは一度もなかった。
そしてなぜ、ワンユーロではなくワンダラー?

一見治安は悪そうだが、人々は穏やかだ。
道を尋ねると、親切に教えてくれる。

スコピエ中心地の広場。














まったく歴史を感じさせない真新しい彫像と建築物。
でも、とりあえずデカイので見ごたえがある。
噴水もバリエーション豊かで楽しい。















スコピエは、マザー・テレサの生誕地。






ここでもまた、「ベオグラードで自転車を盗まれた日本人か?」と呼び止められた。
一度目はセルビア人旅行者で、二度目はマケドニア人。
「なんでマケドニア人が知ってるの?」と聞くと、「新聞で見た」と言う。
たしかに、PressやKurirといった、セルビアと同じ新聞がここでも売られている。

マケドニア語は、セルビア語やクロアチア語と同系統のようだ。

ダビデ。


ダビデと同じ敷地内にモスク。




土曜日の夕方にスコピエに着いて、「明日ゆっくり散策しよう」と思って日曜日に出かけたら・・・


クロアチアやセルビアでは、日曜日でも一応街は機能していたが、ここは全滅。
変なところでヨーロッパ的。

ネットカフェは皆無。
「Internet Cafe」と書かれた看板はいくつか発見したが、店の実体がどこにも見あたらない。

まったくやることないので、ホステルで誰かと話でもするしかない。

日系ブラジル人のササキさん。

日本語けっこう上手で、ほぼ日本語で会話した。
ササキさんは、妻子があるにもかかわらず、単独世界一周旅行を何度もしていて、トータルで140ヶ国を旅している。
今回の旅では、北朝鮮やチェルノブイリなども行ったようで、非常に興味深い話が聞けた。

http://www.ontheworld2012.blogspot.com/

辛ラーメンを食べる韓国人のByounghoon。

彼も日本のことをよく知っていて、日本語のフレーズもいくつか知っていて、とても礼儀正しい人だった。
僕は韓国のことはよく知らず、韓国語もまったく知らず、かつ辛いものがまったく食べられないので、ちょっと申し訳ない気分になった。

1泊8ユーロ。
トイレットペーパーは流してはいけない。


























Sofia, Bulgariaにて

Dst. 19856km


2012年8月17日金曜日

プリシュティナ

ニーシュでの取材はローカル放送ではなく全国放送で流れたらしい。
僕は見ていない。

ちょっと頭のおかしなおばさんにストーキングされて身の危険を感じた。

夕方、アイルランド人のサイクリストがやってきた。

僕がクソ重い鍵を3つもかけているのに対して、この人はゼロ。
いつか痛い目にあうぜ。

ホステルは2000ディナール(1660円)と高かった。
でも、ドミトリーは他に客がいなくて個室状態で、エアコンも効いてて、快適だった。



走行中、突然車が止まって、カメラを向けられてインタビューされた。

なんらかのメディア関係の人たちなのか、よくわからないが、自然な感じで質問されたのでけっこううまくしゃべれた。

コソボとの「国境」に近づくと、長蛇の列。


セルビア側のイミグレーションでは、係員は僕を見るなり笑顔になって、「自転車の日本人が来たぞ!」と中にいる係員を全員呼び出して、写真撮影会。
セルビアとコソボの国境といったら、もっと緊張感あふれるものを想像していたのだが、なんともなごやか。
しかしそもそも、セルビアはコソボを国として認めていないのだからここにイミグレーションを設置するのはおかしいだろう、と思ったが、ここはただのパスポートチェックで、イミグレーションではないらしい。
セルビアにとってはここは国境ではないので、出国のスタンプも押されなかった。

コソボ側のイミグレーションでは、今まで通り面倒な記入も質疑応答もなく、瞬時にポンッだった。

コソボのスタンプを押されると、もうセルビアに戻ることはできない。
セルビア→コソボはOKだが、コソボ→セルビアはNGのようだ。

出入国がスムーズにすんだのは、外国人旅行者だからなのかもしれない。
あれだけ長蛇の列ができていたということは、現地人は厳しいチェックを受けるのかもしれない。

コソボに「入国」。


また難しいところへやっきた。

2008年に独立宣言。
現在、国連193ヶ国中90ヶ国が、コソボの独立を承認している。
なんて中途半端な数字。
国であって国でない・・・?

コソボ独立の承認国否認国のリストを見ると、面白い。
それぞれの国の事情がそのまま反映されている。
そりゃまあ、ロシア、中国、インド、スペインなんかは承認するわけにはいかないわな。
否認国はコソボをセルビアの一部とみなしているが、セルビアはコソボへの実効支配をすでに失っている。
ヨーロッパの大半の国、アメリカ、カナダ、オーストラリア、日本は承認。

一方、パレスチナ独立の承認国否認国のリストを見ると、コソボとはほぼ真逆。



人口の92%がアルバニア人。
今までの南スラブ人とは顔の特徴が違う。
アルバニア語は、セルビア語やクロアチア語とは全然違う。

とてもフレンドリーで、ウェルカムしてくれる。


国境近くでも、おそらくここではセルビアのニュースは流れておらず、誰も僕のことを知らない。



ボスニアでよく見たミナレット。


笑顔で手を振ってくれる人がいる。







首都プリシュティナ。
























やはりイスラムチックな音楽が流れる。





イスラム国なのかと思っていたが、肌を露出している人の方が圧倒的に多い。







アフリカ?


反米のセルビアとはうって変わって、コソボはアメリカ大好き!










アメリカは、アルバニア人の人権擁護を名目にセルビアを空爆し、そしてコソボの独立を率先して支持したから、セルビアにとっては敵、コソボにとっては救世主。
露骨な反米国ならいくらでもあるだろうが、こんな露骨な親米国はなかなかめずらしい。



















ムスリムのカップルが腕を組んで歩いている光景は、アフリカ中東では見られなかった。


一生に一度着るか着ないかというような花嫁衣装の店がたくさんあるのが謎。


当然のことながら、観光地的ではない。
仮にもヨーロッパの一国の首都だが、インフォメーションも見当たらず、街の地図も入手できない。
なんとなく勘で街を歩く。

今のところ、東洋人も黒人もまったく見ていない。

英語の通用度は低い。

異様に信号が少ない。

タイヤが路面にこすれるキューっという音が常に鳴っている。

通貨はユーロ。

物価は安い。
500mlのペットボトルが0.50ユーロ。
ネットカフェは1時間数十セント。

安いのはいいことだが、どこへ行っても20ユーロ紙幣や50ユーロ紙幣が拒否される。
経済水準が低下するほど、「お釣りがない」と言われる。
これも世界共通の法則。





フルーツを買う時はいつもネクタリン。

小ぶりだが甘くておいしい。

ホステルは10ユーロ。
こんな広々としたドミトリーは初めて。

やはり他に客はないので、個室状態。

ホステルのスタッフは英語がまったく通じない。
「I need a room」すら通じなかったので、グーグル翻訳でやりとりする。

相変わらずジェリコ君は、こまめにメールしてくる。
彼はグーグル翻訳を使ってこのブログもちゃんと読んでいる。
「最後のお別れの言葉はグーグル翻訳で調べたわけじゃないぞ」とクレームをつけられた。
こんなサイトがあるんだと。
http://maki.typepad.com/justhungry/2008/09/ganbatte-vs-goo.html
http://japanese.about.com/od/simplejapanesephrases/p/sjp53-8.htm

ユーロ。



Pristina, Kosovoにて

Dst. 19532km