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2014年1月10日金曜日

東南アジアへ

アジアを完全陸路で横断するには、中国を走り続けることになる。

中央アジア → ビザを延長しながらひたすら中国 → 太平洋に出てフェリーで帰国 or 南下して東南アジアへ (逆方向でも可)

この場合、パキスタン・インド・ネパール・バングラデシュといった南アジアの国々を断念することになる。
中国からパキスタンに入国することはできるが、 パキスタンビザを取得するには一度自分の本国に帰国しなければならない。
僕は一時帰国した際にパキスタンビザを取得し、中国のウルムチから再出発して南アジアへと突入した。

しかし、一度南アジアに入ってしまうと、必ず行き詰まる。

北へ進むと、中国チベット自治区にぶち当たる。
チベットは外国人の立ち入りが厳しく制限されており、近年は緩和されるどころか逆に厳しくなっている。
特に日本人は、日中関係悪化の影響で、より難しくなってきている、という話も聞いた。

チベット旅行は、不可能でないが完全ツアー制で、個人旅行、自由旅行は認められていない。
以前は、形だけツアーに参加することにしてパーミットを発行してもらい、個人旅行を強行することもできたようだが、2008年の大規模なデモ以降、取り締まりが強化され、現在は個人旅行はまず不可能。

東へ進むと、ミャンマーにぶち当たる。
ミャンマーも、以前から外国人の旅行には制限があったが、近年は緩和傾向にある。
国境も、開きつつある。
タイ側の国境は、以前は条件付きで限定的に出入りできたが、昨年8月から開放されて、自由に出入りできるようになった(もちろんビザは必要)。
しかしインド側は、徐々に緩和されてはいるがまだまだ難しいようで、「国境が開いた」とか「もうすぐ開く」といった情報はまだ確認できない。

南は海で、インドまたはバングラデシュから東南アジアへ向かうフェリーはない。
西へ戻るとパキスタンにぶち当たる。

そんなわけで、どの方向に進んでもいずれ行き止まりとなる。

しかし、完全陸路走破にこだわってえんえん中国を走り続けるよりは、好奇心そそられるパキスタン、インド、ネパールを旅してみたかったから、ルート選びに失敗したとは思っていない。

いろいろ考えたが、結論としては、ここカトマンズから東南アジアへ飛ぶ。

インドに再入国して南下してみたり、バングラデシュに行ってみたり、というのも検討してみたが、いまひとつモチベーションが上がらず。
モチベーションが上がらない要因は、排気ガスと辛い食文化。
まあ、東南アジアへ行っても排気ガスと辛い食文化に苦しめられそうな予感たっぷりなのだが、再出発してから半年以上が経ち、環境をガラッと変えてみたい願望に駆られている。
シーズン的にも、北半球の寒さが厳しい今こそ、南国に行くべきでしょう。

新たなステージに向けて、今日これから、発ちます。

ネパールルピー。







Kathmandu, Nepal



2014年1月8日水曜日

カトマンズ 4

ハイクオリティな和食屋がたくさんある。
おいしいモモ屋や洋食屋もあるけど、和食の魅力には到底かなわず、いつも和食屋に足が向いてしまう。
ただ、ポカラの時のように毎食1000ルピー(1046円)を超えてしまうのはさすがに暴走しすぎだなと反省し、なるべく品数を減らして、安くてボリュームのある品を注文するように努力している。
ふつうに一人前だったら、300ルピー(313円)前後ですむ。
たとえば欧米の、欧米人向けにアレンジされた中途半端な味でクソ高いジャパニーズレストランに比べたら、格安で日本の味そのものを堪能できる、しかもメニューも幅広くカバーできている、こんな国は他にないのでは?

ネパール最大の和食屋チェーン(?)、桃太郎。


味、メニューの豊富さ、ボリューム、ともに安定している。





ふる里。


味はここがナンバー1かも。
メニューも豊富。
ご飯がちょびっとなのが残念。
値段は高め。





おふくろの味。


味は文句なし。
メニューも豊富。
ご飯がちょびっとなのが残念。
総合点でふる里と1、2を争う感じかな。





ロータス。


カレーが売り。
ネパールのカレーでもなくインドのカレーでもなく、日本のカレー。
米が日本風ではなく、パサパサなのが難点。
ゴハン党の僕としては、パサパサライスはかなりのマイナスポイント。
日替わり甘味があり、 あんドーナツが絶品なのがプラスポイント。
メニューは少なく、丼物や麺類がない。
値段は安い。





正月は特別メニューとして雑煮セットもあった。


なぜか、BGMはいつもクラシック。


マンガもあって、つい長居してしまう。




小春。


お好み焼きとたこ焼きが売り。
味は文句なし。
1枚や2枚じゃとても足りないので、大・中・小・特大、とかサイズを選べたら尚良し。
メニューは少ない。
広島焼きとかモダン焼きとかあったら、もっと通ってたかもしれない。
日本人の店長さんが丁寧に接客してくれた。





絆。


親子丼がなんと170ルピー(177円)。
卵がトロトロでいい感じ。
安くすませたいならここだが、ミニサイズなので腹は膨れない。
メニューも、丼物が3種類程度。



だいたいどの店も、定食ならご飯1杯はおかわり無料。
Wi-Fiもだいたいあり。
タメル地区の南北に走る3本のメインストリートに店は集中しており、歩いてみれば容易に発見できる。

同じ日本人でも好みや意見が分かれると思いますが、勝手に独断で感想を書かせていただきました。

道端モモ屋。


10個で50ルピー(52円)という安さ。


しかし、えてしてローカル向けのモモは激辛!
大汗かいて苦しみ悶えながら食った。
ふつうのままで食べればおいしいものを、なぜわざわざ爆弾に変えてしまうのか、本当に理解できない。

ユウスケ君とユウキ君はまったく平気みたい。

余裕の笑顔。

日本語表記があるけど、ここも思いっきりローカル仕様のモモ屋。


メニューはひとつしかなく、席につくと自動的ににバッファローモモが運ばれてくる。
激辛ではない。
60ルピー(62円)。

ちなみに、ヒンドゥー教徒はウシを食べないが、バッファロー(水牛)は別らしい。
もう、別に何食ったっていいじゃん。

他にも、3人で激安パン屋さんの発掘などをした。
タメル地区からちょっとでも離れると、クリームドーナツが30ルピー(31円)前後で売ってたりする。
しかし、僕が先日腹を壊したのは、パン屋のクリームが原因なのでは、という疑惑がある。



それぞれ別の道へ。


良い出会いだった。
今後の予定は3人ともバラバラだけど、旅は何が起こるかわからない。
またどこかでバッタリ会えるかもね。


Kathmandu, Nepal



2014年1月7日火曜日

カトマンズ 3

外国人は、タメル地区と呼ばれるツーリスティックなエリアに集まる。
無数のホテル、レストラン、ミニスーパー、アウトドアショップ、旅行会社など、必要な物はここでそろう。























客引きはけっこう多い。
タクシーやらリクシャーやらトレッキングの勧誘やら。

「ハッパ、ハッパ。」
と囁いてくる輩も。
こちらが日本人だと認識した上で日本語で話しかけてくるので、買う日本人は多いのかもしれない。
インドでは、大麻をやる日本人(主に若者)がたくさんいるようだった。





















激安アウトドアショップも無数にある。


店員が監視するかのようにつきまとってくるので、なかなかゆっくり見れない。
ムダに話しかけられるのも嫌だし、無言で背後に立たれるのも不愉快。



本屋も豊富で、lonely planetや地図もそろっているし、日本語コーナー(古本)を設けている店も多い。


どこへ行っても、狭い路地にひっきりなしに車とバイクがやってきてプープー鳴らすので、のんびり歩ける街ではない。
のんびりすごしたいなら、やはりカトマンズよりポカラだ。







これだけ狭い路地なら来ないだろうと思いきや、狭い路地だからこそバイクの抜け道になっているようで、バイクが絶え間なくやって来る。


日本人も含めて、高齢の外国人も多い。
おそらくトレッキング目的で来ているので体力に自信あり、という方々なのだとは思うが、それでもこういう車バイク優先の道を歩いて大丈夫なのだろうか、と心配してしまう。

とはいえ、ネパール人の運転は、 今まで見てきた超ラフドライビングな国々と比べたら、まだ優しい方だ。
急接近してきて脅威を感じることもあるが、ギリギリ避けてくれる。





これじゃ、電気事情がまともでないのもよくわかる。


一国の首都だが、交差点には信号などなく、あったとしても機能していない。
停電するから仕方ないか。


警官が交通整理しているが、おそらく地元民にしか理解できない。
よそ者は、どのタイミングで渡ればよいものか、見ていてもよくわからない。



旧王宮。


2001年、この王宮の晩餐会で、ディペンドラ皇太子が銃を乱射して、国王夫妻を含む王族9人を殺害し、皇太子自身もその場で自殺するという事件が起きた。
その後即位したギャネンドラ国王は、その時の晩餐会を欠席しており、彼の家族も全員無事だったことから、彼の陰謀ではないかという疑惑がある。
さらに、自殺したディペンドラ皇太子は右利きだったのに弾は左のこめかみから入っていたとか。
真相はいまだ明らかにされていない。
ギャネンドラは内閣停止、憲法停止、絶対君主制をとったが、この独裁に対して、主要政党や、以前から武装闘争をしていたマオイスト(毛沢東主義者)、インド系少数民族マデシなどの抗議活動が高まった。
そして2008年、240年続いた王政がついに廃止され、ギャネンドラは退位、共和制国家へと移行した。
以来、ネパールはろくに法律もない状態で、僕がアンナプルナ・サーキットを走っている時に選挙がおこなわれたはずだが、果たしてどういう状況になったのか? 
現在、王宮は博物館となっている。


Kathmandu, Nepal