2011年9月30日金曜日

モザンビーク

3日で走り抜けたので、ちょっと除き見た程度。

最初の南ア、ナミ、ボツは90日以内の滞在ならビザ不要だったが、ザン以降はほとんどの国でビザが必要になる。
今のところは面倒な申請をすることなく、国境で金を払うだけ。
ビザと称して通行料を取りたいだけなのだろう。
それもUSドルで払わなければならないので、外貨がほしいのだろう。
 

ザンビアUS$50、ジンバブエUS$30、モザンビークUS$30。
いずれも30日の滞在許可で、延長するならまた国境に行って同額を払う。
アフリカを縦断するには、ビザ代だけで数百ドル用意する必要がある。

主要言語はポルトガル語。
ちょっと探せば英語を話せる人をみつけられるが、まったく話せない人も多い。
僕はスペイン語の記憶が残っているので、なじみある単語がけっこう聞こえてくる。
特に数字はよく似ているので、買い物する時の金額はだいたいわかる。
アフリカで
Amigo!と呼ばれるのはちょっと不思議な感じだ。

1992年まで内戦をしていて、いまだ地雷が残り、かつての子供兵は大人になった今も心の病を抱えているなど、ひどい傷跡を残したようだ。
僕が見た現在のモザンビークは平和で、人々は僕を歓迎してくれた。

村はやっぱり、小屋とバオバブな感じ。










モザンビークで自転車に乗るなら、この蛍光ジャケットを着用する義務があると国境で買わされた。

でも、地元民誰も着てない。
これは、ハメられたか。













ザンベジ川。

ボツワナからザンビアに入国した時に越えたのもザンベジ川。
ビクトリアの滝もザンベジ川。

この川岸に、テテという、僕のルート上では唯一の都市があった。

 

しかし人口が多いだけで店は少なく、ATMでお金をおろせなかった。
どのATMにも長蛇の列ができ、やっと番がまわってきてもカードが合わなくておろせず、また並んでいる途中でATMのお金が尽きて解散させられたりした。
 

やむをえず、その辺で立ってる両替商にドルを替えてもらったのだが、おそろしくレートが悪い。
いくら今ドル安でももうちょっともらえるはずだ、とちょっとゴネてみたが、ぼったくろうとしている感じではなかった。
 

ネットカフェでレートを調べようとしたが、あいにく祝日のようで、閉まっていた。
(その後ネットでモザンビークメティカルのレートを調べようとしたが、どういうわけか情報が出てこない。)
 

スーパーも、祝日ということで3時に閉まってしまった。
僕がスーパーに着いたのは3時01分だった。
何もできやしない。

することないので、子供たちに遊ばれてやった。








村にバスが停まると、バナナ売りの女性たちが大勢バスに群がる。
僕が自転車を停めると、やはり群がってくる。



バナナ一房5メティカル(13円?)。
甘くてうまかった。




Blantyre, Malawiにて